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二章

5、恋は甘いものだと思っていました

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「どうした? じっと見つめて」
「……いえ、なんでもないです」

 アフタルは、とっさに目を背けた。自分の中に湧きあがって来た気持ちが、もし瞳に浮かんでいたとしたら。
 それをシャールーズに悟られるのが怖かったからだ。

「なんでもねぇってことは、ないだろ。そんな切ない眼で俺のことを見てんのにさ」
「本当に何でもないですから」

 体を離そうとしたのに、シャールーズの腕に拘束されているからうまくいかない。

「言ってみな。聞いてやるからよ」
「……わたくしはただ寂しいだけかもしれませんし。側にいてくれる誰かを独占したいだけかもしれませんから」
「誰かじゃなくて、俺を独占したいんだろ?」

 はっきりと言わないでほしい。
 シャールーズには、翻弄されてばかりだ。おもに心を。

「独占すりゃいいじゃねぇか。俺はアフタルのもんだぜ。そう契約したからな」

 たぶんシャールーズには分からない。アフタルだって、こんな気持ちは初めてなのだから。
 幼い頃から、国のため王家のために結婚するものだと教えられてきたから。恋なんて考えたこともなかった。

(たぶんわたくしは、契約で縛られた関係ではなく……ただ愛しいという気持ちだけで寄り添っていたいのです)

 十八年生きてきて、自分に恋する気持ちがあったことに驚いた。
 物語の中の恋愛は、ときめいて、きらめいて美しかったのに。

 シャールーズが他の誰かを、こんな風に抱きしめていたことがあるのかもと思うだけで、とてもつらくなる。
 そんな嫉妬をする自分が、いやだ。
 物語で読んだ、ふわふわした甘いだけの恋愛と全然違う。

 アフタルを腕の中に閉じ込めたままで、シャールーズは瞼を閉じている。すでに眠っているようだ。
 長い睫毛に、異国の顔立ち。

(起きない……ですよね)

 そっと指先で、シャールーズの頬に触れた。
 精霊に出会ったのは初めてだが、滑らかな肌は人と変わらない。
 ためらいがちに、指を横にずらす。
 少し乾いた彼の唇に、アフタルの指の腹が触れた。
 初めてのくちづけを奪った唇だ。そう考えると、恥ずかしさにいたたまれなくなった。

(今夜のわたくしは、おかしいです)

 もう寝よう。それがいい。朝になれば、きっと普通の毎日が戻ってくるに決まっているのだから。
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