13 / 153
一章
13、この精霊、意地が悪いかもしれません
しおりを挟む
「んじゃ、その仕掛けとやらがうまく作動するか試してみないと、いけねぇよな」
シャールーズが、司会者の額を蹴とばした。思ってもみない場所への攻撃だったのだろう。司会者はそのまま、砂に黒いしみの残るアリーナへと落下した。
「じゃあな。頑張れよ」
ひらひらと手を振ると、シャールーズはアフタルを抱えたまま踵を返した。
一斉に熱狂する観客の歓声と、司会者の悲鳴。とてもアリーナの方を見る気にはなれない。
(もしかしてわたくしは、早まったのでしょうか)
守ってくれたから、手を差し伸べてくれたから。アフタルは迷うことなく、シャールーズと契約を結んだ。
けれどたとえ血が流れていても、それは人のものではない。
精霊と間近で接することのなかったアフタルは、シャールーズの過剰な愛情と徹底した無関心に背筋が凍えた。
「姉さま!」
ざわめきの中、はっきりとした声がアフタルの耳に届いた。
まさか……まさか。あの子がいるはずが。
顔を上げたアフタルの目に飛び込んだのは、弟ティルダードの姿だった。
頭からフードをかぶり、その柔らかな金糸のような髪も、つぶらな緑の瞳も隠しているけれど。間違えようがない。
次代の王だ。
「なぜ、ここに?」
「姉さまこそ。キラド家を訪問していたはずです」
「わたくしは……」
なんと言えばいいのだろう。見世物に売られたこと? 誘拐されたこと? 婚約を破棄されたこと?
どれも情けなくて、口にできやしない。
ティルダードが座っているのは、王族専用の観覧場所ではなく、平民用の席だ。席同士の幅も狭く、ティルダードの細い体は、隣に座るでっぷりとしたおばさんに押された。
「大丈夫ですか?」
よろけるティルダードをとっさに支えたのは、美しい青年だった。
銀色の髪に、アイスブルーの瞳。
護衛でも、家庭教師でも、使用人でもない。一度でも会ったことがあるなら、決して忘れることのできない冴えた美貌だ。
「平気だよ、ラウル」
「ですが、お召し物が汚れてしまいました。こんな席を使うのはよしましょうと、申し上げたはずですが」
「いいんだ。ぼくは表に出ない方がいいから」
ラウルと呼ばれた青年を押しのけて、ティルダードがアフタルの方へと進む。
観客席の通路を、警備の男たちが走ってくる。もちろんシャールーズめがけて。
「姉さま。一緒に逃げましょう」
「なりません」
制止したのはラウルだった。
「だって、姉さまが捕まってしまうよ。またひどい目に遭っちゃうよ」
気丈に振る舞っていたティルダードが、目に涙を浮かべる。
腕を握りしめるラウルの手をほどこうとするが、大人と子どもでは力の差は歴然だ。
「離してっ!」
「放っておきなさい」
ラウルに腕を掴まれたティルダードは、彼をきつく睨みつけた。けれどラウルの表情にも、薄青の瞳にも感情の揺らぎはない。
シャールーズが、司会者の額を蹴とばした。思ってもみない場所への攻撃だったのだろう。司会者はそのまま、砂に黒いしみの残るアリーナへと落下した。
「じゃあな。頑張れよ」
ひらひらと手を振ると、シャールーズはアフタルを抱えたまま踵を返した。
一斉に熱狂する観客の歓声と、司会者の悲鳴。とてもアリーナの方を見る気にはなれない。
(もしかしてわたくしは、早まったのでしょうか)
守ってくれたから、手を差し伸べてくれたから。アフタルは迷うことなく、シャールーズと契約を結んだ。
けれどたとえ血が流れていても、それは人のものではない。
精霊と間近で接することのなかったアフタルは、シャールーズの過剰な愛情と徹底した無関心に背筋が凍えた。
「姉さま!」
ざわめきの中、はっきりとした声がアフタルの耳に届いた。
まさか……まさか。あの子がいるはずが。
顔を上げたアフタルの目に飛び込んだのは、弟ティルダードの姿だった。
頭からフードをかぶり、その柔らかな金糸のような髪も、つぶらな緑の瞳も隠しているけれど。間違えようがない。
次代の王だ。
「なぜ、ここに?」
「姉さまこそ。キラド家を訪問していたはずです」
「わたくしは……」
なんと言えばいいのだろう。見世物に売られたこと? 誘拐されたこと? 婚約を破棄されたこと?
どれも情けなくて、口にできやしない。
ティルダードが座っているのは、王族専用の観覧場所ではなく、平民用の席だ。席同士の幅も狭く、ティルダードの細い体は、隣に座るでっぷりとしたおばさんに押された。
「大丈夫ですか?」
よろけるティルダードをとっさに支えたのは、美しい青年だった。
銀色の髪に、アイスブルーの瞳。
護衛でも、家庭教師でも、使用人でもない。一度でも会ったことがあるなら、決して忘れることのできない冴えた美貌だ。
「平気だよ、ラウル」
「ですが、お召し物が汚れてしまいました。こんな席を使うのはよしましょうと、申し上げたはずですが」
「いいんだ。ぼくは表に出ない方がいいから」
ラウルと呼ばれた青年を押しのけて、ティルダードがアフタルの方へと進む。
観客席の通路を、警備の男たちが走ってくる。もちろんシャールーズめがけて。
「姉さま。一緒に逃げましょう」
「なりません」
制止したのはラウルだった。
「だって、姉さまが捕まってしまうよ。またひどい目に遭っちゃうよ」
気丈に振る舞っていたティルダードが、目に涙を浮かべる。
腕を握りしめるラウルの手をほどこうとするが、大人と子どもでは力の差は歴然だ。
「離してっ!」
「放っておきなさい」
ラウルに腕を掴まれたティルダードは、彼をきつく睨みつけた。けれどラウルの表情にも、薄青の瞳にも感情の揺らぎはない。
0
お気に入りに追加
488
あなたにおすすめの小説
大嫌いな後輩と結婚することになってしまった
真咲
BL
「レオ、お前の結婚相手が決まったぞ。お前は旦那を誑かして金を奪って来い。その顔なら簡単だろう?」
柔和な笑みを浮かべる父親だが、楯突けばすぐに鞭でぶたれることはわかっていた。
『金欠伯爵』と揶揄されるレオの父親はギャンブルで家の金を食い潰し、金がなくなると娘を売り飛ばすかのように二回りも年上の貴族と結婚させる始末。姉達が必死に守ってきたレオにも魔の手は迫り、二十歳になったレオは、父に大金を払った男に嫁ぐことになった。
それでも、暴力を振るう父から逃げられることは確かだ。姉達がなんだかんだそうであるように、幸せな結婚生活を送ることだって──
「レオ先輩、久しぶりですね?」
しかし、結婚式でレオを待っていたのは、大嫌いな後輩だった。
※R18シーンには★マーク
皇帝(実の弟)から悪女になれと言われ、混乱しています!
魚谷
恋愛
片田舎の猟師だった王旬果《おうしゅんか》は
実は先帝の娘なのだと言われ、今上皇帝・は弟だと知らされる。
そしていざ都へ向かい、皇帝であり、腹違いの弟・瑛景《えいけい》と出会う。
そこで今の王朝が貴族の専横に苦しんでいることを知らされ、形の上では弟の妃になり、そして悪女となって現体制を破壊し、再生して欲しいと言われる。
そしてこの国を再生するにはまず、他の皇后候補をどうにかしないといけない訳で…
そんな時に武泰風(ぶたいふう)と名乗る青年に出会う。
彼は狼の魁夷(かいい)で、どうやら旬果とも面識があるようで…?
私の恋人はイケメン妖なので、あなた達とは次元が違います!
つきの しおり
恋愛
私の名前は桃原 姫(ももはら ひめ)、16歳。
見て分かる通り、私は「姫」と名付けられたけど、性格はお世辞にもお姫様みたいにお淑やかとは言えない。
だからこの名前で揶揄われることも少なくなかった。
ーー『もっと可愛くお淑やかにできねぇの?』
ーー『姫って呼ぶの、恥ずかしいよなぁー。』
ーー『名前負けにも程があるだろ。そんな性格じゃ恋人なんてできねぇよ!』
悲しくて、悔しくて、名前で呼ばれる事が嫌になった。
でも、このまま言われっぱなしはもっと嫌!
いつかイイ男を捕まえて、私を否定した奴らを絶対に見返してやる!
…とまぁそんな訳で、学校の男子達とは間違っても恋なんか生まれる事は無かった。
でもついに、私にも好きな人ができたの!
誰もが羨む程の超イケメンで、ちょっと意地悪だけどドキドキさせてくれる、
『律(りつ)』という妖にーー。
※この物語はフィクションです。実在の人物、国、団体には一切関係ございません。
※名前に関して中傷している描写がありますが、蔑視している訳ではございません。ご理解頂けた上でお読み頂きますようお願い致します。
※3/22タイトル変更しました。元「姫の初恋物語」
菊松と兵衛
七海美桜
BL
陰間茶屋「松葉屋」で働く菊松は、そろそろ引退を考えていた。そんな折、怪我をしてしまった菊松は馴染みである兵衛に自分の代わりの少年を紹介する。そうして、静かに去ろうとしていたのだが…。※一部性的表現を暗喩している箇所はありますので閲覧にはお気を付けください。
壊れた番の直し方
おはぎのあんこ
BL
Ωである栗栖灯(くりす あかり)は訳もわからず、山の中の邸宅の檻に入れられ、複数のαと性行為をする。
顔に火傷をしたΩの男の指示のままに……
やがて、灯は真実を知る。
火傷のΩの男の正体は、2年前に死んだはずの元番だったのだ。
番が解消されたのは響一郎が死んだからではなく、Ωの体に変わっていたからだった。
ある理由でαからΩになった元番の男、上天神響一郎(かみてんじん きょういちろう)と灯は暮らし始める。
しかし、2年前とは色々なことが違っている。
そのため、灯と険悪な雰囲気になることも…
それでも、2人はαとΩとは違う、2人の関係を深めていく。
発情期のときには、お互いに慰め合う。
灯は響一郎を抱くことで、見たことのない一面を知る。
日本にいれば、2人は敵対者に追われる運命…
2人は安住の地を探す。
☆前半はホラー風味、中盤〜後半は壊れた番である2人の関係修復メインの地味な話になります。
注意点
①序盤、主人公が元番ではないαたちとセックスします。元番の男も、別の女とセックスします
②レイプ、近親相姦の描写があります
③リバ描写があります
④独自解釈ありのオメガバースです。薬でα→Ωの性転換ができる世界観です。
表紙のイラストは、なと様(@tatatatawawawaw)に描いていただきました。
自分勝手な側妃を見習えとおっしゃったのですから、わたくしの望む未来を手にすると決めました。
Mayoi
恋愛
国王キングズリーの寵愛を受ける側妃メラニー。
二人から見下される正妃クローディア。
正妃として国王に苦言を呈すれば嫉妬だと言われ、逆に側妃を見習うように言わる始末。
国王であるキングズリーがそう言ったのだからクローディアも決心する。
クローディアは自らの望む未来を手にすべく、密かに手を回す。
【完結】入れ替わった双子の伯爵令息は、優美で獰猛な獣たちの巣食う復讐の檻に囚われる
.mizutama.
BL
『僕は殺された。
この世でたった一人の弟である君に、僕は最初で最後のお願いをしたい。
僕を殺した犯人を、探し出してくれ。
――そして、復讐して欲しい』
山間の小さな村でひっそりと暮らしていた、キース・エヴァンズ。
存在すら知らされていなかった双子の兄、伯爵令息のルイ・ダグラスの死をきっかけに、キースは兄としての人生を歩むことになる。
――視力を取り戻したキースが見た、兄・ルイが生きてきた世界は、憎悪と裏切りに満ちていた……。
美しき執事、幼馴染、従兄弟、王立学院のライバルたち……。
「誰かが『僕』を殺した」
双子の兄・ルイからのメッセージを受け取ったキースは「ルイ・ダグラス」となり、兄を殺害した真犯人を見つけだすことを誓う。
・・・・・・・・・・・・
この作品は、以前公開していた作品の設定等を大幅に変更して改稿したものです。
R18シーンの予告はありません。タグを確認して地雷回避をお願いします。
婚約破棄された公爵令嬢は流浪の皇太子に愛される。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
モンザーマー王国の選帝公の位を望む王弟は、四大選帝公の一つティッチフィールド公爵家の令嬢に誑かされた王太子ウェルズと結託し、選帝公ダファリン公爵家に謀叛の罪を着せて令嬢マーリアとの婚約を破棄した上で処刑しようとした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる