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一章
11、俺の主
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シャールーズは立ち上がり、両腕を広げた。
同時に、ピシリと空間に硬質なものが走った。
二人の周りを、目には見えぬ硬いものが取り巻いている。
豹が近づこうとするが、ある一定の距離からは進めないようだ。
「契約は大事だからよ。邪魔されたくねぇんだよな」
「違う次元や世界に引き込まれたのですか?」
「安心しな。ここは俺の石の中さ」
「石……」
「シンハライト。嬢ちゃん、俺の石を綺麗だと言ってくれただろ」
シャールーズはアフタルの顎に手をかけた。
間近に見える瞳の色。褐色と金が混じった落ち着いた美しさは、ロヴナに投げつけられた宝石と同じ色をしていた。
「あなたは宝石の……シンハライトの精なのですか?」
「そうさ。そしてこれからは、嬢ちゃんの僕だ。俺は、他の何よりも嬢ちゃんを優先させる。自分の命よりもな。そして嬢ちゃんの身も心も生涯も、すべて俺のものだ」
それでも契約を結ぶか? とシャールーズは確認してきた。
「はい」
断言すると、シャールーズはにやりと笑った。
「いいねぇ、俺の主にふさわしい。そういう儚さの奥にある、芯の強さ。好きだぜ」
シャールーズは立ち上がると、アフタルの顎に手を添えた。
見上げるほどに高い身の丈。褐色に金が混じったその瞳を、アフタルは知っている。
「俺と行くよな」
アフタルがうなずくと、シャールーズは彼女を拘束する縄を解いてくれた。
後ろ手に縛られていたせいで、手首には縄の痕が残ってしまっている。
「痛かったな」
いたわる言葉に、また涙が出てきた。
今日はおかしすぎる。こんな最低な日はないし、ここまで涙が止まらない日もなかった。
「……契約します。これから、わたくしと共にいてくださいますか?」
「もちろんだ」
午後の光に照らされ、閉ざされた宝石の中の空間は、淡い琥珀色の光の筋が幾本も交差している。
シャールーズはアフタルの前にひざまずいた。
「天の女主人より命を授かりし、我が名はシャールーズ。光満ちるアフタル・サラーマの影として、我が石が砕け、光が失せるその日まで、常に己より彼女の益を優先することを、天の女主人に誓う」
凛とした声が響く。
聞いているだけで、心が酔いそうだ。
シャールーズは自分の親指を噛んだ。指先に滲む血。立ち上がると、その血をアフタルの額と左右の頬、そして唇に塗りつける。
精霊の血だ。
猛禽を思わせる鋭い目つきで、アフタルを見据えてくる。
次の瞬間、シャールーズはアフタルとくちづけを交わした。
唇に塗られた血が滲み、口の中に入ってくる。
人の血のように鉄の味はしない。宝石を口に含んだことも、舐めたこともないけれど。味がするというよりも、ひんやりとした感触だ。
「……んっ」
息ができない程に、くちづけは長く深い。
アフタルは思わず、シャールーズの背にしがみついた。
「俺の主。もう誰にも渡さねぇ」
同時に、ピシリと空間に硬質なものが走った。
二人の周りを、目には見えぬ硬いものが取り巻いている。
豹が近づこうとするが、ある一定の距離からは進めないようだ。
「契約は大事だからよ。邪魔されたくねぇんだよな」
「違う次元や世界に引き込まれたのですか?」
「安心しな。ここは俺の石の中さ」
「石……」
「シンハライト。嬢ちゃん、俺の石を綺麗だと言ってくれただろ」
シャールーズはアフタルの顎に手をかけた。
間近に見える瞳の色。褐色と金が混じった落ち着いた美しさは、ロヴナに投げつけられた宝石と同じ色をしていた。
「あなたは宝石の……シンハライトの精なのですか?」
「そうさ。そしてこれからは、嬢ちゃんの僕だ。俺は、他の何よりも嬢ちゃんを優先させる。自分の命よりもな。そして嬢ちゃんの身も心も生涯も、すべて俺のものだ」
それでも契約を結ぶか? とシャールーズは確認してきた。
「はい」
断言すると、シャールーズはにやりと笑った。
「いいねぇ、俺の主にふさわしい。そういう儚さの奥にある、芯の強さ。好きだぜ」
シャールーズは立ち上がると、アフタルの顎に手を添えた。
見上げるほどに高い身の丈。褐色に金が混じったその瞳を、アフタルは知っている。
「俺と行くよな」
アフタルがうなずくと、シャールーズは彼女を拘束する縄を解いてくれた。
後ろ手に縛られていたせいで、手首には縄の痕が残ってしまっている。
「痛かったな」
いたわる言葉に、また涙が出てきた。
今日はおかしすぎる。こんな最低な日はないし、ここまで涙が止まらない日もなかった。
「……契約します。これから、わたくしと共にいてくださいますか?」
「もちろんだ」
午後の光に照らされ、閉ざされた宝石の中の空間は、淡い琥珀色の光の筋が幾本も交差している。
シャールーズはアフタルの前にひざまずいた。
「天の女主人より命を授かりし、我が名はシャールーズ。光満ちるアフタル・サラーマの影として、我が石が砕け、光が失せるその日まで、常に己より彼女の益を優先することを、天の女主人に誓う」
凛とした声が響く。
聞いているだけで、心が酔いそうだ。
シャールーズは自分の親指を噛んだ。指先に滲む血。立ち上がると、その血をアフタルの額と左右の頬、そして唇に塗りつける。
精霊の血だ。
猛禽を思わせる鋭い目つきで、アフタルを見据えてくる。
次の瞬間、シャールーズはアフタルとくちづけを交わした。
唇に塗られた血が滲み、口の中に入ってくる。
人の血のように鉄の味はしない。宝石を口に含んだことも、舐めたこともないけれど。味がするというよりも、ひんやりとした感触だ。
「……んっ」
息ができない程に、くちづけは長く深い。
アフタルは思わず、シャールーズの背にしがみついた。
「俺の主。もう誰にも渡さねぇ」
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