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一章

10、契約

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「さぁさぁ、姫さまは助かるかどうか。皆さんは、どちらに賭けますか?」
「おい、こんなの単なる惨殺じゃねぇか」
「そうだ、そうだ。賭けにならねぇよ」

 司会の男は涼しい顔で「まぁまぁ」と、両手を数度下げる動作をした。

「結果はどうなるか、見てのお楽しみ。瞬きをしている暇もございませんよ」
「瞬きしてる間に食われちまわぁな」
「おーやおや。ほんの一瞬で、華麗に逃げきるかもしれません。さぁ、係の者がお席まで参ります。どちらに賭けるか、存分に吟味なさいませ」

 観客席では、不満の声が上がっている。それでも賭けはするようで、コインが箱に投げ込まれる音が、あちこちから聞こえる。

 観客たちの中に、頭からフードをかぶった少年の姿があった。暇を持て余した大人たちの間で、その華奢な姿はあまりにも異質だ。
 その少年と目が合ったと思ったが、彼の姿はすぐに周囲の男たちに紛れてしまった。

「さぁ、始まりますよ。とくとご覧あれ」

 司会者は一礼すると、自分は安全な場所に避難した。檻の戸は、縄で遠隔操作できる仕組みになっている。
 縄が引かれると、軋んだ音を立てて、少しずつ戸が上がっていく。

 のっそりと頭を低くしながら、豹が出ていた。
 外の広さに一瞬戸惑った様子だが、どっしりとした足を砂に埋もれさせながら、一歩一歩進んでくる。

 もう駄目だ。どこにも助かる未来がない。
 アフタルはうなだれた。

「……ごめんなさい、ティルダード。ごめんなさい、お姉さま方」

 不甲斐ない妹で……無様な死にざまを聴衆の前でさらすことになって。

「だーからよぉ、諦めんなってばよ」

 闘技場の中央にはアフタルと豹しかいないはずなのに。なぜか縛られたアフタルの前に、シャールーズがあぐらをかいて座っていた。

「あなた……どこから」
「なぁに、俺はあんたに好かれてるからな。いつでも側にいるぜ」

 さっき出会ったばかりなのに、好きも何もない。
 殺気立つ豹などお構いなしに、シャールーズは飄々としている。

「だって、消えたじゃないですか」
「あー、それは済まんって。まだ安定してねぇんだよな。けど、安心しな。俺がついてるぜ」

 優しい言葉をかけないでほしい。
 また簡単に信じてしまいそうだから。
 アフタルは思わず手を伸ばしそうになった。だが縄で縛られているせいで、ほんのわずかも手は上がらない。

「なぁ、アフタル。あんたは、こんな所で陰謀にはまって殺されてやるほど、お人よしじゃねぇんだろ」

 シャールーズの言葉に重なるように、豹が唸り声を上げた。
 そのままアフタルに跳びかかってくる。

「いやぁ!」

 顔を背けたけれど、鋭い爪が杭をかすめた。一瞬前まで、アフタルの頭があった場所だ。
 木の屑がぱらぱらと落ちて、顔にかかる。
 だが、シャールーズは、アフタルを庇おうともせずに座ったままの姿勢でいる。

「生きてぇんなら、助けてやるぜ。けど、諦めてんなら駄目だ」
「……生きたいです」
「聞こえねぇなぁ」

 アフタルのかすれた声を、シャールーズは無視した。

 また豹がアフタルを襲う機会をうかがっている。体を低くして、視線をアフタルから外さない。
 観客も司会の男も、アフタルと闖入者のやりとりを黙って見ている。

「ほらほら、どうすんだよ。嬢ちゃん」
「生きたいです! 助けてください! わたくしはお姉さま方や弟のために、こんなところで死ぬわけにはいかないんです!」

 にやり、とシャールーズが笑った。

「いいねぇ。そういう悲愴な決意、大好物だぜ。よし、契約だ」
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