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一章
4、美しい宝石
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キラドの邸の車寄せに、王家の馬車が停まっている。
馬車自体は古いが、丁寧に磨き上げられているので艶やかだ。とはいえ、近くに寄ると傷が目立つのはどうしようもない。
「姫さま。失礼ながら、護衛はどうなさいました?」
「……用事があるそうです」
問いかけてくる御者に、アフタルが答える。ここで詳細を話す必要はない。
ただでさえ、王宮は混乱を極めているのだから。
国民には知らされていないが、七か月前に王が崩御したのだ。
事実を知っているのは王族と、宰相やごく一部の大臣とわずかな使用人だけ。
いまだ、弔いの鐘は鳴らされていない。
世継ぎの王太子はいるが、まだ年端もいかないので、すぐに王として即位することは難しい。
だからこそ、アフタルは結婚を急がねばならなかった。
不思議と姉たちには、輿入れの話が持ち上がらないのだが。きっと相応しい相手がいないのだろう。
(弟を……ティルダードを、わたくしやお姉さま方で守ってさしあげないと)
そう、ティルダードを孤立させるわけにはいかない。彼の母親である正妃は、体を壊して寝込んでいるし。油断すれば彼は傀儡の王にされる危険性もある。
不幸は重なるもので、王亡き後、王家の宝であるダイヤモンドが失われてしまったのだから。
氷河の蒼を思わせる、ひきこまれそうなアイスブルーのダイヤモンド。アフタルも一度だけ、見たことがある。
その石は、王家を守護するのだと伝えられている。
(どうしてこんな悪いことばかり)
キラド家との繋がりが断たれるのは、今の状況ではかなり厳しい。
大商人とはいえ、本来キラド家は王家と釣り合いの取れる身分ではない。
だが現在は、平時ではない。
傾いた国を立て直すためには、財源が必要だと伯母が勧めたこの婚約。
それが一方的に破棄されたなどと、どう伝えればよいのだろう。
馬車に乗ったアフタルは、懐にねじ込まれた小箱を取りだした。
慰謝料と言われたけれど、受け取りたくはない。
だが、また正式に返却しなければと考えると気が重くなる。
ロヴナに会いたくはないし、彼も会おうとはしないだろうし。宝石を返したとしても、ロヴナはきっと逆上するだけだろう。
アフタルはゆっくりと箱を開いた。
「まぁ。なんて、きれいなの」
布の上には一粒の宝石が載っていた。
褐色と金が混じったような色合いの、澄んだ石だ。
派手さはないし、人によっては地味だと興味も示さないかもしれない。でも、とても上質な美しい石であることは分かる。
きっとロヴナは、この宝石を大事にしないだろう。なにしろ宝石の入った小箱を投げつける人なのだから。
「捨てられたり、顧みられないのは忍びないわ」
アフタルは小さな宝石を、指先でそっと撫でた。
「俺をここから出したいか?」
「はい?」
「いいぜ。お前が望むなら、いつでも傍にいてやる」
馬車の中には、アフタル一人しかいないのに。男性の低い声が聞こえた。
前方を見ても、御者が話しかけている様子はない。
馬車自体は古いが、丁寧に磨き上げられているので艶やかだ。とはいえ、近くに寄ると傷が目立つのはどうしようもない。
「姫さま。失礼ながら、護衛はどうなさいました?」
「……用事があるそうです」
問いかけてくる御者に、アフタルが答える。ここで詳細を話す必要はない。
ただでさえ、王宮は混乱を極めているのだから。
国民には知らされていないが、七か月前に王が崩御したのだ。
事実を知っているのは王族と、宰相やごく一部の大臣とわずかな使用人だけ。
いまだ、弔いの鐘は鳴らされていない。
世継ぎの王太子はいるが、まだ年端もいかないので、すぐに王として即位することは難しい。
だからこそ、アフタルは結婚を急がねばならなかった。
不思議と姉たちには、輿入れの話が持ち上がらないのだが。きっと相応しい相手がいないのだろう。
(弟を……ティルダードを、わたくしやお姉さま方で守ってさしあげないと)
そう、ティルダードを孤立させるわけにはいかない。彼の母親である正妃は、体を壊して寝込んでいるし。油断すれば彼は傀儡の王にされる危険性もある。
不幸は重なるもので、王亡き後、王家の宝であるダイヤモンドが失われてしまったのだから。
氷河の蒼を思わせる、ひきこまれそうなアイスブルーのダイヤモンド。アフタルも一度だけ、見たことがある。
その石は、王家を守護するのだと伝えられている。
(どうしてこんな悪いことばかり)
キラド家との繋がりが断たれるのは、今の状況ではかなり厳しい。
大商人とはいえ、本来キラド家は王家と釣り合いの取れる身分ではない。
だが現在は、平時ではない。
傾いた国を立て直すためには、財源が必要だと伯母が勧めたこの婚約。
それが一方的に破棄されたなどと、どう伝えればよいのだろう。
馬車に乗ったアフタルは、懐にねじ込まれた小箱を取りだした。
慰謝料と言われたけれど、受け取りたくはない。
だが、また正式に返却しなければと考えると気が重くなる。
ロヴナに会いたくはないし、彼も会おうとはしないだろうし。宝石を返したとしても、ロヴナはきっと逆上するだけだろう。
アフタルはゆっくりと箱を開いた。
「まぁ。なんて、きれいなの」
布の上には一粒の宝石が載っていた。
褐色と金が混じったような色合いの、澄んだ石だ。
派手さはないし、人によっては地味だと興味も示さないかもしれない。でも、とても上質な美しい石であることは分かる。
きっとロヴナは、この宝石を大事にしないだろう。なにしろ宝石の入った小箱を投げつける人なのだから。
「捨てられたり、顧みられないのは忍びないわ」
アフタルは小さな宝石を、指先でそっと撫でた。
「俺をここから出したいか?」
「はい?」
「いいぜ。お前が望むなら、いつでも傍にいてやる」
馬車の中には、アフタル一人しかいないのに。男性の低い声が聞こえた。
前方を見ても、御者が話しかけている様子はない。
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