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五章

5、肩掛け【2】※琥太郎視点

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「琥太郎さん、こんな女性的な肩掛けをお持ちだったんですね。お母さまの物をお借りしたんですか?」
「え? いや、ちゃうけど。この旅の為に買うたんや」
「まぁ、そうですか。素敵ですね。毛織物なのに、まるで絹のように薄くて。それにすべすべの手触りですよ」

 文子さんは立ち止まったまま、その肌触りを楽しんでる。

 まだ自分への贈り物って考えてくれへんみたいや。
 うーん。あかんなぁ、文子さんは先進的な女性のように見えて実際は控えめやから。なかなか伝わらへんなぁ。

 他の女性は「えー、素敵なのをお持ちですね。ぜひ私にくださいよ。三條さんが使っている物なら、煙草の吸殻だって嬉しいです」とか強引に迫ってくるけどなぁ。
 いや、煙草の吸殻はあかんやろ。あれはゴミやで。
 というか、そういうゴミを後生大事にされたら、ちょっと怖いかもしれへん。

 ホテルの広い庭を過ぎると、外は月明りに照らされてるばかりやった。
 暗闇に目が慣れたからか、煌々と輝く月が道を示してくれる。
 まるで影絵のように並ぶ楊柳の並木道。

 野原に目を向けると、すっと伸びた薄の葉と出始めたばかりの穂が、銀色に光って見えた。

 もうじきこの高原にも本当の秋が訪れて、あの穂が開いてふわふわした種を飛ばすんやろな。
 その頃には、私らはもうここにはおらへん。
 
 夏の間、ほんのひとときだけの高原の暮らしは……文子さんと一緒の毎日はとても愛おしくて、多分一生忘れることができへん。

「秋空はたやすく暮れてしまふので 海越へきたる布になりたし」

 ぽつりと私が呟いた時、文子さんが足を止めた。
 ん? どないしたん、と思って私も立ち止まった時。水の匂いのする夜風が、文子さんの肩掛けをひらりと撫でた。

「あ、あの。その……ありがとうございます」
「え? 私、なんか言うた?」
「わたしの勘違いでなければ、なんですが。この肩掛けは、わたし……いただけるのですか」

 お? なんか知らんけど、いつの間にか文子さんに話が通じとう。

「そうやで。でも、なんで分かったん?」
「あの……だって」

 檸檬色の月影でも、文子さんの頬が朱に染まってるのが分かる。まるで夜風が気まぐれに、彼女の頬にふわっと紅を刷いたみたいに。

「この肩掛けは舶来の品なんですね」
「確かパシュミナとかパシミナとかいうたなぁ。私はあんまり詳しないけど」

 百貨店の外商員は「どうしてお父さまといい、琥太郎さまといい、わたくし共をお家にお呼びくださらないのでしょうか」とため息をついとったけど。
 まぁ、ええやん。散歩がてら百貨店に来るのも楽しいんやから。
 
 それに売り場から外商の部屋に品物を持ってくる方が、わざわざ家まで運ぶよりも楽やろうしな。

 外商員は「結婚式でも用いられる肩掛けでございます」と、恭しくその繊維の宝石を取りだした。白い手袋をはめて。

 触らせてもらうと、それはもう絹というか雲というか。ああ、天女の羽衣ってこんな軽さと柔らかさなんやろか、と感動した。
 うん、感動しすぎて天井をあおいで瞼を閉じたほどや。

 その頃は、まだ文子さんとも親しくなってなかったし(というか、完全に私のことは彼女は眼中に入ってへんかった。文子さんの視線の先には、翠子さんしかおらんかったもんなぁ)
 もし、こんな風に親しい間柄になってなかったら、この肩掛け……どうなったんやろ。
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