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五章

2、食べていいの? ※文子視点

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 お鍋が、ふつふつと煮えている。
「そろそろ頃合いですね」と、再びやってきた仲居さんが、土鍋の蓋を取った。

 ふわっと辺りに広がる湯気。とてもいい匂い。
 丁寧な手つきで、仲居さんがえのきやしめじ、それに薄く切ったお肉を取り分けてくれる。

 どう見ても鶏肉とは少し違うのよね。豚でも牛でもないし。猪……は、もっと脂の部分が多いわ。

「文子さん。これ、なんの肉か分かる?」
「いえ。お品書きがないので」

「え? ございませんでしたか?」と仲居さんは慌てるけれど。琥太郎さんが脱いだ背広の内ポケットから、折りたたんだ和紙をふいっと取りだした。

「ちゃんとあるで。大丈夫、あなたの責任やないから」

 お品書きをひらひらさせる琥太郎さんに、仲居さんは目を丸くしている。
 わたしは……うん、驚きはしたけれど。この人なら、やりかねないかな。

「隠していたんですね」
「ま、その方が驚きがあってええやろ」

 ひらひらと和紙を動かしながら、琥太郎さんは仲居さんに「料理長には内緒やで」と微笑んだ。
 あぁ、駄目よ。そんな風に愛想を振りまいて。
 ほら、仲居さんもぽうっとしちゃってるわ。

 この人は、自分が見目麗しくってもてるという自覚があるから、性質たちが悪いのよ。
 
 琥太郎さんは、わたしがお箸を口に運ぶのを待っている。
 いい匂いはするし。ちゃんとしたホテルに入っている、名のある料亭だから、変わったものを出すとは思えないわ。
 
 うーん。確か蛙のお肉は白いわよね。あれは西洋料理に使うものだし。

「鹿……ですか?」
「北の方では鹿も食べるらしいけど。奈良とか行ったら、鹿を食べようって気にはならへんよなぁ」

 確かに神鹿は、神さまのお使いですものね。可愛いし。
 鹿せんべいをあげたことがあるけれど、ちゃんとお辞儀をするのよね。
 翠子さんは、鹿に囲まれすぎておろおろしていて。鹿の群れから出てくることができなかったから、わたしが助けてあげたんだったわ。
 
 涙目で「文子さーん、助けてください」と訴えてくる翠子さんは可愛かったのだけど。でもね、手に持った鹿せんべいをまず手放した方がいいんじゃないかしら。とは思ったわ。

「で、答えは何なんですか? 琥太郎さん」
「困った子ぉやなぁ。食べる前に答えを訊くとか。欧之丞の教育が悪いんかな?」
「否定はできませんねぇ」

「おやおや」と琥太郎さんは苦笑した。そして「教え子に裏切られるようじゃ、あいつもまだまだやな」って嬉しそうに言ったのよ。
 
「まぁ、私だけが答えを知ってるんも公平やないな。それ、雉やで」
「は?」
「せやから、雉や」
「桃太郎のお伴の?」
「うん」

「食べていいんですか?」と、わたしは思わず身を乗り出した。
 琥太郎さんによれば、西欧でいうところの「ジビエ」というものになるらしい。
 ちなみに熊も猪もジビエなんですって。熊……おいしいの?

「日本では食べへんけど。雷鳥を食べる国もあるらしいなぁ」
「え、うそっ」
「ほんまやで」

 冬には真っ白な羽毛で包まれる雷鳥が、とても貴重な鳥であることはわたしでも知っている。
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