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三章
33、よしよし、ですよ
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旦那さまが弱っていらっしゃいます。
なんて珍しいのでしょう。
原因はもちろん、わたくしが斧を落としたことです。
手に持ったままでしたから、足の上に落ちたわけでもないんですけど。
でも、ここまで苦しそうになさるなんて。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
もし斧の刃で足を傷つけていたら、もし骨折していたら(そこまで脆くはないんですけど)と考えると、もっと注意しなければなりません。
旦那さまは、わたくしが七夕の短冊に自分のことを書かなかったと仰いましたけど。
わたくし、皆さんがこうして一緒に居てくださることが一番の幸せなんですよ。
自分だけでは幸せになれませんもの。
「翠子さんが無事でよかった……」
「はい」
「あなたが怪我をするくらいなら、俺がその怪我を引き受けるし。あなたに命の危険があるなら、俺が身代わりになる」
それは困ります。わたくし、旦那さまを犠牲にしたくはありません。
わたくしの考えを察したのでしょうか。何も言っていないのに「却下だからな。もう決めた」などと旦那さまは仰います。
「旦那さまは、我儘ですね」
「異論はない」
「我儘で不遜で、なのに身を挺してわたくしを守ってくださるのですね。それってとても献身的なんですよ」
ふふっと微笑むと、旦那さまもつられて口許をほころばせました。
「献身的、か。そんな風に言われたのは初めてだ」
「旦那さまは、誤解されやすいんです」
でも、その方がわたくしには有り難いかもしれません。女学校では、先輩のお姉さま方に人気ですけれど。あまり親しい風でもありませんし。
よく渋面を作っていらっしゃる旦那さまの優しさを知るのは、わたくしやごく少数の人でいいと思うのは、我儘なのかしら。
「本当に、いつもわたくしのことばかり心配なさって」
「当たり前のことだろ」
そ、そうなのでしょうか。
まっすぐな言葉と共に見つめられると、どきどきします。
少し伸びかけた旦那さまの前髪を、わたくしは手でかきあげて。そして、ひたいにくちづけました。
元気になってくださいね。
翠子は平気ですし。気落ちした旦那さまを見ているのはつらいのです。
わたくしが貴方の側にいられなかった頃。まだ高瀬先生が、初恋のお兄ちゃんだと知らなかった頃。
旦那さまは、常にわたくしを想っていてくださったんですもの。
こんなに誰かから想われることは、きっと人生で一度きりです。そして、その誰かが旦那さまで。わたくし、とても嬉しいの。
今度は、旦那さまの頬にキスします。
「……そこじゃない」
「頬では、駄目ですか? おでこの方が良かったかしら」
「唇がいい」
あら? 我儘が始まりました。ちょっとは元気になったのでしょうか。
「翠子さんから、してほしい」
「もう、困った甘えん坊さんですね」
わたくしはソファーに横たわったまま、旦那さまの薄い唇にくちづけました。
ですのに、旦那さまは顔をしかめます。
「しましたよ。接吻」
「……これくらいじゃ元気になれない。翠子さんを失ったらと思うと、深く心に傷を負ったんだ。そう簡単に立ち直れやしない」
そんな大げさな。そう思いましたが、旦那さまは瞼を閉じてキスを待っていらっしゃいます。
なんて珍しいのでしょう。
原因はもちろん、わたくしが斧を落としたことです。
手に持ったままでしたから、足の上に落ちたわけでもないんですけど。
でも、ここまで苦しそうになさるなんて。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
もし斧の刃で足を傷つけていたら、もし骨折していたら(そこまで脆くはないんですけど)と考えると、もっと注意しなければなりません。
旦那さまは、わたくしが七夕の短冊に自分のことを書かなかったと仰いましたけど。
わたくし、皆さんがこうして一緒に居てくださることが一番の幸せなんですよ。
自分だけでは幸せになれませんもの。
「翠子さんが無事でよかった……」
「はい」
「あなたが怪我をするくらいなら、俺がその怪我を引き受けるし。あなたに命の危険があるなら、俺が身代わりになる」
それは困ります。わたくし、旦那さまを犠牲にしたくはありません。
わたくしの考えを察したのでしょうか。何も言っていないのに「却下だからな。もう決めた」などと旦那さまは仰います。
「旦那さまは、我儘ですね」
「異論はない」
「我儘で不遜で、なのに身を挺してわたくしを守ってくださるのですね。それってとても献身的なんですよ」
ふふっと微笑むと、旦那さまもつられて口許をほころばせました。
「献身的、か。そんな風に言われたのは初めてだ」
「旦那さまは、誤解されやすいんです」
でも、その方がわたくしには有り難いかもしれません。女学校では、先輩のお姉さま方に人気ですけれど。あまり親しい風でもありませんし。
よく渋面を作っていらっしゃる旦那さまの優しさを知るのは、わたくしやごく少数の人でいいと思うのは、我儘なのかしら。
「本当に、いつもわたくしのことばかり心配なさって」
「当たり前のことだろ」
そ、そうなのでしょうか。
まっすぐな言葉と共に見つめられると、どきどきします。
少し伸びかけた旦那さまの前髪を、わたくしは手でかきあげて。そして、ひたいにくちづけました。
元気になってくださいね。
翠子は平気ですし。気落ちした旦那さまを見ているのはつらいのです。
わたくしが貴方の側にいられなかった頃。まだ高瀬先生が、初恋のお兄ちゃんだと知らなかった頃。
旦那さまは、常にわたくしを想っていてくださったんですもの。
こんなに誰かから想われることは、きっと人生で一度きりです。そして、その誰かが旦那さまで。わたくし、とても嬉しいの。
今度は、旦那さまの頬にキスします。
「……そこじゃない」
「頬では、駄目ですか? おでこの方が良かったかしら」
「唇がいい」
あら? 我儘が始まりました。ちょっとは元気になったのでしょうか。
「翠子さんから、してほしい」
「もう、困った甘えん坊さんですね」
わたくしはソファーに横たわったまま、旦那さまの薄い唇にくちづけました。
ですのに、旦那さまは顔をしかめます。
「しましたよ。接吻」
「……これくらいじゃ元気になれない。翠子さんを失ったらと思うと、深く心に傷を負ったんだ。そう簡単に立ち直れやしない」
そんな大げさな。そう思いましたが、旦那さまは瞼を閉じてキスを待っていらっしゃいます。
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