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一章
4、到着
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わたくしたちが乗った車は、車道から細い道へと入りました。
そして森に囲まれた一軒の家の前で停まります。
別荘の周りは森で、少し歩けば高原。なんて素敵な場所なんでしょう。
運転手さんが扉を開けてくださり、わたくしと旦那さまは外へ出ました。
旦那さまは、まだ手を離してくださいません。片手で器用にエリスをかごに入れ、そして手に持ちます。
うう、恥ずかしいです。運転手さんは表情一つ変えずに、荷物を下ろしていますが。きっと内心、呆れてらっしゃいますよね。
「テラスがあるんですね」
「うん、別荘にはテラスは必須だよな。ここで朝日を浴びながら朝食を食べよう」
「まあ、なんて素敵な提案なんでしょう。毎朝ですよ」
「雨の日は勘弁してほしいな。俺たちもパンも濡れてしまう」
「しょうがありませんね」
お手軽なわたくしは、旦那さまの言葉で機嫌が直ってしまいました。だから旦那さまとつないだ手を、前後に揺らしたんです。
荷物を運んでらっしゃる運転手さんが、苦笑しています。なぜ、今頃になって?
玄関の扉の上半分がステンドグラスになっています。長方形や正方形に区切られた青や緑、黄色のガラスがとても美しいです。
「玄関のホールが、そんなに広くないです」
「うん。それは悪口に聞こえるが、翠子さんにとっては褒め言葉なんだろうな」
旦那さまは肩をすくめます。
ええ、褒めているんですよ。
だってホールが広くてロビーまであると、ダンスを踊らなきゃって焦ってしまいますもの。
わたくしはかごからエリスを出してあげました。紐を持って、その辺りを散歩させてあげます。
エリスは辺りをきょろきょろとすると、テラスに置かれた椅子の下に隠れてしまいました。
「大丈夫ですよ。これからしばらく、ここがお家なんですって」
「あらあら、エリスちゃん。うちに来た時よりも緊張してますねぇ」
椅子の前でしゃがみ込んで、わたくしとお清さんは、エリスが納得して出てくるまでじっと待ちます。
旦那さまや銀司さんは、荷物を中に運んでいます。
しばらくするとエリスは、周囲を警戒しながら表に出てきました。テラスの柱に頭をこすりつけ、自分の縄張りであると主張しています。
すごいですね。エリスの三軒めのおうちですよ。
わたくしはエリスを連れて、別荘内の窓を開け放ちます。
木枠の窓からは、どこからも緑が見えます。廊下もダイニングも、一階の居間や寝室に和室、そして二階の寝室に書斎も。
お風呂は別棟になっていて、この別荘は外から見るよりも中は広々とした造りです。
「俺と翠子さんの部屋は二階の書斎と寝室だ。銀司がトランクを運んでくれたから、服を箪笥にしまいなさい」
「はい」
一階の玄関ロビーから声をかける旦那さまに、わたくしは二階から返事をします。寝室に置いてあるトランクを開けると、すぐにエリスが中に入り込みました。
「どうして鞄の中が好きなんですか?」
そう尋ねたところで「にゃあ」と嬉しそうに鳴くだけなんですよね。
わたくしはトランクから出した本を二冊、大事に抱えて隣の書斎へと向かいました。
窓際に大きな机が一つと、背もたれの立派な革張りの椅子。それとライティングデスクがあります。一見すると書棚に見えるライティングデスクは、キャビネットの扉部分を前に倒すと机になります。
「これ、わたくしの机ですよね。素敵です」
さっそく、持参した少女雑誌を二冊、置いておきます。
高瀬家は和風建築なので、こんな洋風の家具はありません。かといって、笠井家で使っていたような華美なものではなく。素材はよいのに、派手な装飾のない家具は見ていて落ち着きます。
「ええ、夢二先生と華宵先生の表紙絵も、より映えますね」
「……君、またそんなものを持ってきたのか」
「きゃあ!」
突然、背後から声を掛けられて、わたくしは跳び上がらんばかりに驚きました。
振り返ると、いつの間にか旦那さまが立っていらっしゃいます。
「俺は服を片付けるように言ったと思うんだが。見れば、開いたトランクの中ではエリスが眠っているし。翠子さんは少女雑誌を眺めて、うっとりしているし」
「よ、読んでませんよ。置いただけです」
「なにも別荘にまで持ってこなくても」
旦那さまは、呆れた口調で仰います。
「だって、新刊ですよ。出たばかりなんです。別荘近くには書店はないですよね。もし家に戻った時に売り切れていたら、困るでしょう?」
「俺は別に困らないが」
大事な二冊の『少女画報』と『少女の友』に目を向けた旦那さまは、なぜか柔らかく微笑みを浮かべました。
「翠子さんにとっては、服や着物よりも大事な物なんだろうな」
まぁ、どうなさったんでしょう。少女雑誌は喧嘩の種でしたのに。こんなにも理解があるなんて。
「そういえば思い出したが、翠子さんは車内で『抱っこしたいなら、もっと早くに言ってくださいね』と言っていたな」
「エリスのことですね。でも今はお昼寝中ですよ」
隣の寝室に様子を見に行こうとすると、旦那さまに腕を掴まれました。
「あなたのことだよ」
そう甘い声で、耳元で囁かれます。その低く痺れるような声に、わたくしは息を呑みました。
そして森に囲まれた一軒の家の前で停まります。
別荘の周りは森で、少し歩けば高原。なんて素敵な場所なんでしょう。
運転手さんが扉を開けてくださり、わたくしと旦那さまは外へ出ました。
旦那さまは、まだ手を離してくださいません。片手で器用にエリスをかごに入れ、そして手に持ちます。
うう、恥ずかしいです。運転手さんは表情一つ変えずに、荷物を下ろしていますが。きっと内心、呆れてらっしゃいますよね。
「テラスがあるんですね」
「うん、別荘にはテラスは必須だよな。ここで朝日を浴びながら朝食を食べよう」
「まあ、なんて素敵な提案なんでしょう。毎朝ですよ」
「雨の日は勘弁してほしいな。俺たちもパンも濡れてしまう」
「しょうがありませんね」
お手軽なわたくしは、旦那さまの言葉で機嫌が直ってしまいました。だから旦那さまとつないだ手を、前後に揺らしたんです。
荷物を運んでらっしゃる運転手さんが、苦笑しています。なぜ、今頃になって?
玄関の扉の上半分がステンドグラスになっています。長方形や正方形に区切られた青や緑、黄色のガラスがとても美しいです。
「玄関のホールが、そんなに広くないです」
「うん。それは悪口に聞こえるが、翠子さんにとっては褒め言葉なんだろうな」
旦那さまは肩をすくめます。
ええ、褒めているんですよ。
だってホールが広くてロビーまであると、ダンスを踊らなきゃって焦ってしまいますもの。
わたくしはかごからエリスを出してあげました。紐を持って、その辺りを散歩させてあげます。
エリスは辺りをきょろきょろとすると、テラスに置かれた椅子の下に隠れてしまいました。
「大丈夫ですよ。これからしばらく、ここがお家なんですって」
「あらあら、エリスちゃん。うちに来た時よりも緊張してますねぇ」
椅子の前でしゃがみ込んで、わたくしとお清さんは、エリスが納得して出てくるまでじっと待ちます。
旦那さまや銀司さんは、荷物を中に運んでいます。
しばらくするとエリスは、周囲を警戒しながら表に出てきました。テラスの柱に頭をこすりつけ、自分の縄張りであると主張しています。
すごいですね。エリスの三軒めのおうちですよ。
わたくしはエリスを連れて、別荘内の窓を開け放ちます。
木枠の窓からは、どこからも緑が見えます。廊下もダイニングも、一階の居間や寝室に和室、そして二階の寝室に書斎も。
お風呂は別棟になっていて、この別荘は外から見るよりも中は広々とした造りです。
「俺と翠子さんの部屋は二階の書斎と寝室だ。銀司がトランクを運んでくれたから、服を箪笥にしまいなさい」
「はい」
一階の玄関ロビーから声をかける旦那さまに、わたくしは二階から返事をします。寝室に置いてあるトランクを開けると、すぐにエリスが中に入り込みました。
「どうして鞄の中が好きなんですか?」
そう尋ねたところで「にゃあ」と嬉しそうに鳴くだけなんですよね。
わたくしはトランクから出した本を二冊、大事に抱えて隣の書斎へと向かいました。
窓際に大きな机が一つと、背もたれの立派な革張りの椅子。それとライティングデスクがあります。一見すると書棚に見えるライティングデスクは、キャビネットの扉部分を前に倒すと机になります。
「これ、わたくしの机ですよね。素敵です」
さっそく、持参した少女雑誌を二冊、置いておきます。
高瀬家は和風建築なので、こんな洋風の家具はありません。かといって、笠井家で使っていたような華美なものではなく。素材はよいのに、派手な装飾のない家具は見ていて落ち着きます。
「ええ、夢二先生と華宵先生の表紙絵も、より映えますね」
「……君、またそんなものを持ってきたのか」
「きゃあ!」
突然、背後から声を掛けられて、わたくしは跳び上がらんばかりに驚きました。
振り返ると、いつの間にか旦那さまが立っていらっしゃいます。
「俺は服を片付けるように言ったと思うんだが。見れば、開いたトランクの中ではエリスが眠っているし。翠子さんは少女雑誌を眺めて、うっとりしているし」
「よ、読んでませんよ。置いただけです」
「なにも別荘にまで持ってこなくても」
旦那さまは、呆れた口調で仰います。
「だって、新刊ですよ。出たばかりなんです。別荘近くには書店はないですよね。もし家に戻った時に売り切れていたら、困るでしょう?」
「俺は別に困らないが」
大事な二冊の『少女画報』と『少女の友』に目を向けた旦那さまは、なぜか柔らかく微笑みを浮かべました。
「翠子さんにとっては、服や着物よりも大事な物なんだろうな」
まぁ、どうなさったんでしょう。少女雑誌は喧嘩の種でしたのに。こんなにも理解があるなんて。
「そういえば思い出したが、翠子さんは車内で『抱っこしたいなら、もっと早くに言ってくださいね』と言っていたな」
「エリスのことですね。でも今はお昼寝中ですよ」
隣の寝室に様子を見に行こうとすると、旦那さまに腕を掴まれました。
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