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五章

11、朝ごはん

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 朝ごはんは、干したカレイを焼いたのんに、しらすとワカメの酢の物、茄子のお漬物、お味噌汁はなめことお麩、それからご飯やった。

「こたにい、お味噌汁あげる」

 大きな座卓のとなりに座ってる欧之丞が、ぼくに黒塗りのお椀を差しだしてくる。
 ほわっとお味噌とお出汁の香りの湯気が立つ。

「あかんで、欧之丞。ちゃんと自分で食べな、大きなられへんで」
「がんばって食べてみてくださいね」

 向かいに座る父さんと母さんに言われて、欧之丞は「うー」と唸っている。

 台所で手伝いをしてたんか、母さんは着物の上からレースの飾りのついた割烹着をはおってる。
 まだ夏の名残があるから、座布団は藺草で編んであるのを使ってる。

「このきのこ、ぬるぬるしてるんだもん」
「そうね。わたしもなめこは苦手ですから、わかります。でも、お味噌汁は体にいいですから。ね?」

 にっこりと母さんが微笑むと、欧之丞はこくりとうなずいた。

「琥太郎さんも、ね」

 うっ。ばれた。
 実はぼくもなめこは苦手やねん。納豆とか山芋とか、めかぶとかも。体にええって言われても、ねばーってしてるんやもん。

「俺、がんばる」

 母さんに対して、いい子でいたい欧之丞は、ぎゅっと目を閉じてお味噌汁を一気飲みした。

「飲んだぞ!」

 空になったお椀を母さんに見せてるもんやから、ぼくも急いでお味噌汁を飲んだ。

「ぼくも飲んだ」
「ふたりともえらいけど。何も速さを競わんでもええと思うけどな」

 青に近い紫がきれいな、茄子のお漬物に箸を伸ばしながら、父さんが呆れた声で言った。

 カレイの干物はおいしいけど。骨が多くて食べにくい。
 でも、母さんがお箸の使い方を教えてくれるから、柔らかくてうすい身もぼろぼろにならんで済んだ。
 お醤油をかけんでも、塩味がじんわりときいてて。しかも一夜干しゆうて、水分がほどよく抜けてるから、おいしさが詰まってる。
 一尾だけやのうて、何尾でも食べられそうや。

 なんでも海辺で干してあるのんを、魚屋さんが仕入れてくるらしい。
 ぼくは見たことないねんけど、まるで洗濯物を干すように、カレイがずらーっと浜沿いの道に吊るしてあるねんて。
 カレイのカーテンか暖簾やな。ちょっとめくってみたいな。

「おいしいな、こたにい」
「ほんまやな」

 欧之丞は酢の物も好きみたいで、すぐに小鉢が空になった。
 ごちそうさまをしようと手を合わせた時。母さんが座卓の下に置いてたお盆を持ちあげた。

「瓜を剥いたんですよ。食後にどうかしらと思って」

 ぼくらの前に、うすみどりのまくわ瓜が入ったお皿が置かれた。

「あっさりしているから、食べやすいと思いますよ。欧之丞さんは、甘さを控えめにしましょうね」

 柔らかな声で話しながら、母さんが欧之丞のぶんの瓜にレモンを絞る。
 爽やかなレモンの香りが立つ。

 ぼくは甘いの好きやけど。欧之丞は甘いのが苦手やから、母さんが工夫したみたいや。

「このまくわ瓜、絲さんが剥いたんか?」
「そうですよ」

 父さんに問われて、母さんは胸を張った。包丁使うん、得意やないもんな。

「瓜は大名に剥かせろっていうから、ちょうどええよな」

 黒文字の楊枝で瓜をさして、父さんが口に運ぶ。しゃくしゃくとした音が聞こえた。

「まぁ、失礼ね。蒼一郎さん」

 母さんは頬を膨らませた。

「どういう意味なん?」

「瓜はな、皮に近い部分は硬くて味もうすいから、美味おいしないねん。せやから、けちけちせんと分厚く皮を剥いてしまう大名とかのほうが、瓜はおいしいって話やな」
「大名っていわれても、母さんうれしそうやないで」

 ぼくが問いかけると、父さんは難しそうな顔をした。

「せやな。俺はちょっと意地悪を言うてしもたな。絲さんが割烹着を着てるんが、つい可愛くてな」
「あー、意地悪を言ったらいけないんだぞ」

 レモンのかかったすっぱい瓜を食べながら、欧之丞が父さんに注意する。父さんは「ほんまやなぁ。あかんよな」と、怒られてるのに楽しそうや。

 ぼくもなぁ、顔は母さんに似てるってよう言われるけど。人をからかってしまうんは、父さんに似てしもたんかもしれへん。
 気ぃつけよ。

 けど、たしかに母さんが剥いた瓜は、他の人が剥いたのとちごて、皮に近い部分の筋がほとんどないし、おいしかった。
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