98 / 103
五章
7、眠れない夜【1】※絲視点
しおりを挟む
困りました。
敷布を皺のないようにのばしたお布団の上で、わたしは正座をして子ども達を眺めていました。
欧之丞さんは琥太郎さんと一緒のお布団で寝ると宣言したのです。
いそいそと琥太郎さんが自分の枕を欧之丞さんのお布団に運んで。敷布団の上に枕を並べると、中に入った蕎麦殻がこすれる音が聞こえました。
わたしの予定ではこうでした。
本当は子ども達二人を抱っこしながら、寝るつもりだったのです。
でも、きっとそれは蒼一郎さんに止められます。
ならば第二案です。何事も代案は必要ですからね。
次の案は、わたしは琥太郎さんと、蒼一郎さんは欧之丞さんと一緒のお布団で寝る計画でした。
欧之丞さんは蒼一郎さんに懐いていますし、きっと蒼一郎さんと一緒に寝ると言うと思ったんです。そして琥太郎さんはわたしと。
そうすれば、子どもも安心、わたしも安心、蒼一郎さんも安心……のはずでした。現に蒼一郎さんも、寝床を整える子ども達を眺めていらっしゃいます。
でも読み違えてしまったようです。
そうね、欧之丞さんは颱風なんてへっちゃらな強い子でした。わたしも琥太郎さんも二人して怖がりだから、たとえ寄り添ったとしても母子ともにふるふると震えるに違いないんです。
なら、蒼一郎さんと琥太郎さんが一緒に寝るとなると。ああ、琥太郎さんがとっても嫌がる様子が容易に目に浮かびます。
わたしは暗い天井を見上げて、小さく息をつきました。
蒼一郎さんと琥太郎さんは仲が悪いわけではないのに。蒼一郎さんの愛情が暑苦し……もとい、鬱陶しい……いえいえ、よけいに悪くなっています。そう、愛情を重く感じているようです。
もしかしたらその辺りも欧之丞さんは考えてくれたのでしょうか?
ひとつにゆるく三つ編みにした髪を左肩にかけて、わたしはお布団に入ろうとしました。
その時です。視界の端で、何かがひらひらと動く気配を感じたの。
見れば、蒼一郎さんが手招きしています。
「絲さんは俺と寝よか?」
「あの? その選択肢はなかったですけど」
「えー? なんでぇ? 寂しいこと言わんといて。俺は琥太郎にふられてん」
さして傷ついてもいない雰囲気。お部屋が暗いので、表情までははっきりと分かりませんが。明らかに声は明るいですよ?
ほんのひとときやんでいた風が、再び激しさを増しました。雨戸を叩きつける雨と、内側にあるガラス窓までがびりびりと震えています。
どさりと何かが落ちる音がして、お腹の辺りに振動を感じました。もしかしたら前栽の木の枝が折れて、地面に落ちたのかもしれません。
わたしは「きゃ」と短く悲鳴を上げました。
なのに「うわー、すごいなぁ」なんて欧之丞さんは、暢気にはしゃいでいるんですよ。
「蒼一郎おじさん、外見てもいい?」
「あかんて。雨戸を開けたら部屋ん中がえらいことになる」
「ちょっともだめ?」
「ちょっともあかん。琥太郎、欧之丞が無茶せんように見張っとくんやで」
蒼一郎さんにたしなめられて、欧之丞さんは小さな肩をしゅんと落としました。寝間着の帯も一緒にしなだれているかのようです。
そりゃあ、全然怖がっていないんですもの。蒼一郎さんと一緒に寝るはずがありませんよね。
結局わたしは自分の枕を抱きしめて、蒼一郎さんのお布団にお邪魔することになりました。
「絲さんやったらいつでも大歓迎やで。朝でも昼でも夜でも、毎日でも」
「大人が二人で一緒に寝ると、狭くて肩がこりませんか?」
「まぁな。けど、出かけてる時でも絲さんの存在を感じられるから。そういう痛みもええなぁ」
間近に蒼一郎さんのお顔があるので、そんな風に言われると、頬が熱くなってしまいます。
同じ石鹸を使っているのに、蒼一郎さんとわたしでは匂いが違いますし、闇に目が慣れたとはいえ、やはり仄暗いことには変わりがないので。どきどきします。
「手ぇつないで寝よか」
「はい」
子ども達に聞かれるのが恥ずかしくて、わたしは微かな声で答えました。
颱風の目に入ったのでしょうか。風と雨の音がやみました。
ぱさりと闇に消え入りそうな仄かな音。花器から花びらが畳に落ちたようです。
大きくてひんやりとした蒼一郎さんの手に包まれて、わたしは瞼が重くなってきました。
「せやで、今のうちに寝たら、起きたらもう颱風も過ぎとうわ」
「……はい」
左手をつないで、寝間着に包まれた左肩は蒼一郎さんの手に包まれているの。
「おやすみ、絲さん」
「……おやすみ、なさい」
わたしよりもゆっくりとした心臓の音が耳元で聞こえて。ゆっくりと眠りに落ちていったのです。
敷布を皺のないようにのばしたお布団の上で、わたしは正座をして子ども達を眺めていました。
欧之丞さんは琥太郎さんと一緒のお布団で寝ると宣言したのです。
いそいそと琥太郎さんが自分の枕を欧之丞さんのお布団に運んで。敷布団の上に枕を並べると、中に入った蕎麦殻がこすれる音が聞こえました。
わたしの予定ではこうでした。
本当は子ども達二人を抱っこしながら、寝るつもりだったのです。
でも、きっとそれは蒼一郎さんに止められます。
ならば第二案です。何事も代案は必要ですからね。
次の案は、わたしは琥太郎さんと、蒼一郎さんは欧之丞さんと一緒のお布団で寝る計画でした。
欧之丞さんは蒼一郎さんに懐いていますし、きっと蒼一郎さんと一緒に寝ると言うと思ったんです。そして琥太郎さんはわたしと。
そうすれば、子どもも安心、わたしも安心、蒼一郎さんも安心……のはずでした。現に蒼一郎さんも、寝床を整える子ども達を眺めていらっしゃいます。
でも読み違えてしまったようです。
そうね、欧之丞さんは颱風なんてへっちゃらな強い子でした。わたしも琥太郎さんも二人して怖がりだから、たとえ寄り添ったとしても母子ともにふるふると震えるに違いないんです。
なら、蒼一郎さんと琥太郎さんが一緒に寝るとなると。ああ、琥太郎さんがとっても嫌がる様子が容易に目に浮かびます。
わたしは暗い天井を見上げて、小さく息をつきました。
蒼一郎さんと琥太郎さんは仲が悪いわけではないのに。蒼一郎さんの愛情が暑苦し……もとい、鬱陶しい……いえいえ、よけいに悪くなっています。そう、愛情を重く感じているようです。
もしかしたらその辺りも欧之丞さんは考えてくれたのでしょうか?
ひとつにゆるく三つ編みにした髪を左肩にかけて、わたしはお布団に入ろうとしました。
その時です。視界の端で、何かがひらひらと動く気配を感じたの。
見れば、蒼一郎さんが手招きしています。
「絲さんは俺と寝よか?」
「あの? その選択肢はなかったですけど」
「えー? なんでぇ? 寂しいこと言わんといて。俺は琥太郎にふられてん」
さして傷ついてもいない雰囲気。お部屋が暗いので、表情までははっきりと分かりませんが。明らかに声は明るいですよ?
ほんのひとときやんでいた風が、再び激しさを増しました。雨戸を叩きつける雨と、内側にあるガラス窓までがびりびりと震えています。
どさりと何かが落ちる音がして、お腹の辺りに振動を感じました。もしかしたら前栽の木の枝が折れて、地面に落ちたのかもしれません。
わたしは「きゃ」と短く悲鳴を上げました。
なのに「うわー、すごいなぁ」なんて欧之丞さんは、暢気にはしゃいでいるんですよ。
「蒼一郎おじさん、外見てもいい?」
「あかんて。雨戸を開けたら部屋ん中がえらいことになる」
「ちょっともだめ?」
「ちょっともあかん。琥太郎、欧之丞が無茶せんように見張っとくんやで」
蒼一郎さんにたしなめられて、欧之丞さんは小さな肩をしゅんと落としました。寝間着の帯も一緒にしなだれているかのようです。
そりゃあ、全然怖がっていないんですもの。蒼一郎さんと一緒に寝るはずがありませんよね。
結局わたしは自分の枕を抱きしめて、蒼一郎さんのお布団にお邪魔することになりました。
「絲さんやったらいつでも大歓迎やで。朝でも昼でも夜でも、毎日でも」
「大人が二人で一緒に寝ると、狭くて肩がこりませんか?」
「まぁな。けど、出かけてる時でも絲さんの存在を感じられるから。そういう痛みもええなぁ」
間近に蒼一郎さんのお顔があるので、そんな風に言われると、頬が熱くなってしまいます。
同じ石鹸を使っているのに、蒼一郎さんとわたしでは匂いが違いますし、闇に目が慣れたとはいえ、やはり仄暗いことには変わりがないので。どきどきします。
「手ぇつないで寝よか」
「はい」
子ども達に聞かれるのが恥ずかしくて、わたしは微かな声で答えました。
颱風の目に入ったのでしょうか。風と雨の音がやみました。
ぱさりと闇に消え入りそうな仄かな音。花器から花びらが畳に落ちたようです。
大きくてひんやりとした蒼一郎さんの手に包まれて、わたしは瞼が重くなってきました。
「せやで、今のうちに寝たら、起きたらもう颱風も過ぎとうわ」
「……はい」
左手をつないで、寝間着に包まれた左肩は蒼一郎さんの手に包まれているの。
「おやすみ、絲さん」
「……おやすみ、なさい」
わたしよりもゆっくりとした心臓の音が耳元で聞こえて。ゆっくりと眠りに落ちていったのです。
0
お気に入りに追加
118
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
思い出を売った女
志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。
それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。
浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。
浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。
全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。
ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。
あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。
R15は保険です
他サイトでも公開しています
表紙は写真ACより引用しました
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる