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四章

15、父さんと一緒

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 三條組を大きするんが目的やのうて、家族のことを第一に考えてくれる父さんは、多分他の組長や父親とは違う気がする。

 せやからぼくは、父さんが……す。
 す? 「す」の次の言葉はなに?
 ぼくは、何を考えたん? 何を言おうとしたん?

 思考のその奥を見極めようとした途端、かーっと頬が熱くなった。

「蒼一郎おじさんだーいすき」

 突然、欧之丞が父さんの頭にしがみついた。
 ぎゅーっと父さんに抱きついて、ほとんど頭に接吻するくらいに顔をくっつけてる。

「お、なんやなんや」

 父さんは嬉しそうににやけてる。さっきまでの恐ろしい形相は、あっという間に消えとった。
 欧之丞はすごいな。
 一瞬にして氷を溶かして、春の花を咲かせてしもた。それもたった一言だけで。

 ぼくにはそんなん到底できへん。

「それでな、こたにいもおじさんのこと大好きなんだぞ」
「なっ!」

 なんでジブン、ぼくの言葉を代弁してんの。
 というか、ぼく父さんのこと好きなん? もしかしてさっきの「す」の次は「き」なん?
 
 いや、でも「大好き」って、そこまでは考えてなかった。けど……。
そうなんやけど。

「琥太郎。ほんまか? 欧之丞の言うとうこと間違うてへんか?」

 うわ、父さんの馬鹿。そんなんわざわざ訊かんといてよ。
 もう組の人らは立ち去ったけど。母さんがぼくを見上げて、にこにこしてるんやもん。

「欧之丞さん。こちらにいらっしゃい。先にお部屋に戻って、お風呂の用意をしましょうね」
「はぁい」

 母さんに言われるままに、欧之丞は地面に降りた。それも、父さんの腕からぴょんと跳んだんや。
 二人で手をつないで顔を見合わせながら、母さんと欧之丞の姿は玄関に消えていく。

 ああ、置いていかんといて。薄情ものー。

 庭に残されたんが、ぼくと父さんだけになったから。りりり、という虫の涼しい声が聞こえてきた。
 池の鯉はもう寝てるんか知らんけど。水音もせぇへん。

 ぼくらが使ってる座敷に明かりがついて、ひょろっとした影が障子に映った。
 波多野が行燈をつけたんや。
 それから手を繋いだ母さんと欧之丞の影も見える。

 欧之丞も甘えん坊やな。廊下を歩いてる間も、ずーっと母さんの手を離さんかったんやな。
 なんて考えてる場合やない。
 今、この現状から目を背けたらあかんのや。

 父さんは「す」の続きの言葉を待って、じーっとぼくを見つめてる。
 あー、もう。そういうのは母さんに言うてよぉ。
 父さんといちゃいちゃする趣味はあらへんねん。

「琥太郎。いっつもありがとうな」
「へ?」
「絲さんだけやのうて、欧之丞の面倒もみてくれとうやろ」

 う、うん。
 確かにぼくは、母さんの具合が悪くならんように、普段から気をつけとう。
 父さんや波多野も母さんの様子には気を配っとうけど。それでも、ぼくが一番傍に居るから。それは間違いやない。
 欧之丞の面倒もみてるのかどうなのかは……多分みてるんやろけど。ぼくも一緒になって遊んでるからなぁ。

「琥太郎はしっかりした子ぉやから。ついつい頼ってしもて、あかんなぁ」
「ちゃう。ぼく、頼られるん好き」

 だって、えらい子って自覚できるもん。
 ぼくの言葉に、父さんは目を丸くする。その深くて黒い瞳に、ぼくの顔が映ってた。

「好きなんは、頼られるんだけか?」
「ううん。父さんのことも……あっ」

 しまった。嵌められた。
 慌てて両手で口を押えたから、父さんの腕から落っこちそうになってしもた。
 
「うんうん。そうやなぁ。琥太郎は頼られるんも、父さんのことも好きやんなぁ」

 くぅー、悔しい。
 母さんや欧之丞には「好き」って素直に言えるのに。父さんは揶揄ってくるから、言いたなかったんや。
 ぼくは、ぷうーっと頬を膨らませた。

「そういう子どもっぽい顔しとんのがええで。跡取りやって挨拶させられて、嫌やったやろ? 俺もな、そういう経験があって、すごい嫌やった」

 そうなん? 
 ぼくは口に出したわけやないのに、父さんはうなずいた。
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