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四章

2、祭りの日の午後

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 午後になると、ぼくと欧之丞は時計をちらちらと気にしとった。
 というても、欧之丞は時計の針がまだ読まれへん。
 時間は分かるけど、分が難しいんやって。

 おやつのところてんを食べてると「もうそろそろ、ところてんも終わりですね」と、割烹着を着た波多野がお茶を淹れてくれた。

 これまでは午後を過ぎると入道雲がもくもくと湧き上がってたのに。
 最近は、刷毛ではいたみたいな羽みたいな雲が浮かんどう。
 あれは秋の雲や。ぼく、圖鑑で見たもん。

「あんな、ぼくらお昼寝するねん」
「え? 珍しいですね。お二人とも昼寝は嫌いじゃないですか」

 ぎくり。まっとうな疑問やった。
 普段はお昼寝の為に布団に寝っ転がっても、結局欧之丞とおしゃべりをして過ごすんが多い。

 だって寝るの勿体ないやん。子どもは夜も早よ寝なあかんねんで。

「あのなー、ぼくと琥太兄は……もごもご」

 あほ。波多野に何をばらしよんねん。
 ぼくは欧之丞の口を塞いだ。
 もーう、素直すぎるんも問題やで。

「どうなさったんですか? 欧之丞坊ちゃん」
「う、ううん。なんでもない」

 波多野に問いかけられて、欧之丞は視線を逸らした。
 
「欧之丞坊ちゃん?」
「何でもないったら」
「そうそう、何でもないねん。今日は父さんも母さんもおらんから、夜更かししようかと思って。それでお昼寝するねん」

 欧之丞に任せられへんから、ぼくは必死で言い訳をした。
 嘘をつく時のコツは、小さい本当を混ぜることや。そうしたら、嘘やけど嘘っぽくならへん。

「そうですか。うーん、お二人はそんなに遅くならないと思いますが。夕食はいらないそうですけど」
「晩ご飯にお酒が出たら、遅なるかもしれへんやん」
「うーん。絲お嬢さんがいらっしゃいますから。カシラも早々に引き上げると思いますよ」

 要するに、波多野としては夜更かしは禁止の方向みたいや。
 ほんま、二人きりで宵祭りに行くやなんて言いだせへん。

「そういえば波多野はなんで、母さんのことを『絲お嬢さん』って呼ぶん?」
「は? 絲お嬢さんは、今も昔も絲お嬢さんだからですよ」

 何を当たり前のことを訊くんですか? とでも言いたげやった。
 要するに、昔も今も波多野は母さんのことが可愛くてしゃあないんやな。
 どうしよ。ぼくも大人になっても何歳になっても「琥太郎坊ちゃん」とか呼ばれたら。
 恥ずかしいやん。母さん、よう平気やな。

◇◇◇

 おやつを食べて「ごちそうさま」して、ぼくらはお昼寝をした。
 欧之丞は寝られへんみたいで、隣で寝とうぼくの腕をつんつんと指でつついた。

「はよ、寝なさい」と、まるで父さんのような口調で言う。
 そしたら欧之丞は「はい」と、やっぱり父さんに対するように、いい子の返事をして瞼を閉じた。

 鈴虫も今は昼寝をしてるのか、おとなしい。
 これまでみたいに蚊取り線香をつけんでも、蚊に刺されることもなく寝ることが出来る。
 
 そういえばいつの間にか、蝉の声も聞こえんようになったなぁ。
 そしてぼくは、うとうととまどろんだ。

 夢の中。ぼくと欧之丞は数えきれへんほどの提灯が煌々と灯る神社の境内を、手をつないで歩いとった。
 手にはふかふかの綿菓子。まるで雲を集めたみたいや。
 欧之丞の手には、海ほおずき。
 確か貝が自分の卵を包む袋みたいなもんやったかな。植物のほおずきの代用品で、口に入れて音を出すんや。

「そんなん食べられへんで」と教えたけど「これを鳴らしたいから」と、自分で買うたんや。

 二人で手をつないで、暗いのに明るい中を歩いて。もう自分ら、ちゃんと大人やん、と思えた。
 一緒に行こな。どこまでも行こな。
 ぼくな、欧之丞と一緒やったら、なんも怖ないねん。
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