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三章

20、裏切れない

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 欧之丞に手を引っ張られた母さんに袖を引っ張られて、ぼくまで座敷に戻る羽目になった。

 縁側では父さんが「三人で何しとん?」と首を傾げとう。

「蒼一郎おじさんも、するの」
「へ? まぁええけど。俺は何をしたらええん?」

 もちろん、きらきらの笑顔で誘われて。父さんは内容を確認もせずに欧之丞に返事した。
 あかんやん。相手がいくら子どもでも、ちゃんと話を聞いてから承諾せな。
 父さん普段から「簡単に何でも『はい』って言うたらあかんで」って、よう言うとうやん。

「ところで絲さん、何で欧之丞に引っ張られとん? それから何で琥太郎を引っ張っとん?」
「まぁ、いろいろとありまして」
「ぼく、もっと走るん練習せなあかんと思た」

 母さんとぼくはぽつりと呟いた。

 そうや。いざという土壇場になってようやく、自分の苦手なことを先延ばしにしとったことを後悔するねん。

 子どものぼくが言うのもなんやけど、母さんは鈍足……あー、足が遅いから。きっとぼくが本気で走ったら追いつかれへんと思う。
 うん、門の外まで逃げきって神社の境内に隠れとったらいけるはずや。
 次の機会があったら、そうしよ。

 ごめんな、母さん。ぼくは母さんを生贄にして、欧之丞から逃げるわ。

「琥太郎さん? 何を考えているの?」
「な、なーんも考えてへんで」

 ぼくの前で母さんがしゃがみこんで、じーっと顔を覗きこんでくる。
 欧之丞は父さんに抱えられて、そのまま縁側に上がった。

「うわ、草履も履かんと庭に降りたんか。欧之丞はやんちゃやなぁ」

 ああ、母さん、父さんらの方に気を逸らしてくれへんかなぁ。
 そんな願いも虚しく、ぼくはまっすぐに見つめられた。次は母さんを見捨てようと思ったことが、ほんまに申し訳なくなって。耐え切れずに視線を逸らす。

「琥太郎さん?」

 どうしよう。もし今度ぼくが母さんを見捨てて、そのせいで母さんが心を病んでしもたら。

――ええ、琥太郎さんに裏切られただけです。でもいいの。子どもの踏み台にされただけですもの。子どもってそうやって大きくなるものなのでしょう?

 しくしくとすすり泣きながら、着物の袖で涙をぬぐう母さんの姿が脳裏をよぎった。
 
 う、ううっ。ぼくが母さんを泣かせたんや。ぼくが母さんを人身御供にして逃げたから。

 はらはらと涙がこぼれて、握りしめた手の甲に落ちた。
 そう、ぼくは繊細で、想像力の豊かな子ぉやねん。
 
「反省しているのなら、いいですよ」

 ぼくが何も言わん内に、一言も発しない内に、母さんは納得したらしい。

「ごめんなさい、母さん。ぼくも食べるから」
「ええ、ええ。一蓮托生ですよ」

 ぎゅっと抱きしめられて、なんかほんまに心中するような気分になったけど。
 多分、死ぬほどまずいことはないやろ。烏瓜。
 一応は果実やもんな。

「自分ら、ほんまに何しとん」

 欧之丞を抱っこしたまま、父さんは怪訝な顔をしとう。
 その善意の塊の悪の張本人は、父さんの腕からするりと抜けて、床に飛び降りた。

 そして畳の上に座布団を並べたと思うと、廊下をぱたぱたと走ってどこかへ行ってしもた。
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