上 下
52 / 103
三章

3、一緒に帰ろか【1】

しおりを挟む
「こたにいっ。絲おばさんっ」

 がらりと開いた玄関の戸から飛び出してきたんは、欧之丞やった。
 しかも靴も草履も履かずに、裸足のままで駆けてくる。

「坊ちゃん。お待ちください、ころびますよ」

 後を追いかけてくるのはお清さんだ。そのお清さんの忠告通り、欧之丞は飛び石につまずいた。
 そして盛大に転び……そうになったとき、ぼくの目の前に日傘が落ちた。

 走りだそうとしたぼくよりも先に、母さんが欧之丞の体を受け止めとった。

 なんか不思議やった。ぼくと居る時の母さんは、母さんというよりもお姉さんって感じやねん。
 せやのに欧之丞が相手やと、母さんがお母さんって感じに見えるんや。

 多分、ぼくがしっかりしとうし、聞き分けのいいええ子やからやろけど。

「どうしたの? 走っては危ないわ」
「窓から、こたにいと絲おばさんが見えたんだ。迎えに来てくれたの?」

 きらきらと瞳を輝かせて、欧之丞が母さんを見上げている。
 母さんはちょっと困ったように微笑んだ。
 そしてお清さんに「もう大丈夫ですか?」と尋ねたんや。

「そうですねぇ。後見人である三條さんと親戚の方との協議は進んでいますし。坊ちゃんも寂しがってますからね」

 お清さんの言葉に、欧之丞と母さんが揃って顔を輝かせた。けど、多分ぼくもおんなじ表情をしとったと思う。
 鏡がないから見えへんけど。

「でも、坊ちゃんの今後のことも話し合うらしいので、時々は戻ってもらわないといけませんが」
「分かったー」
「ちゃんと三條さんのお家でも、いい子にしないといけませんよ」
「うんっ。俺、めちゃくちゃいい子」

 母さんの脚にしがみついて、元気よく返事をする欧之丞を見て、お清さんは目を丸くした。
 そうか。うん、そうやろな。お清さんには珍しい光景かもしれへんな。

◇◇◇

 ぼくらは三條の家に戻る前に、遠回りして浜辺に出かけた。
 潮の匂いがすると、欧之丞は立ち止まって母さんをじーっと見上げた。

「どうしたの? 二人で遊んできていいのよ」

 くるくると日傘を回しながら、母さんは微笑んでいる。
 欧之丞はふいにぼくの手を握った。

「どないしたん?」と問いかけて、ぼくは気付いた。
 そうか。この間のヤドカリのことを気にしとんやな。
 
 ぼくは欧之丞の耳元に口を寄せて「大丈夫やで。貝かヤドカリか、ぼくが確認したるから」と囁いた。
 やっぱり図星やったみたいで、欧之丞の顔に笑顔がはじけた。

「はやく、はやく、行こ。こたにい」
「えっ。ちょっと待ってぇな」

 暗い松林の中を抜けて、欧之丞は一気に光溢れる浜辺へと走っていく。

「わーい、海っ」
「こら、こけるで」

 どんなに追いかけても、欧之丞には追いつけない。
 今朝までの静かな日々が、一瞬で嘘みたいに消えた。
 
 根が張っとうぼこぼこした硬い地面から、急に足の裏がふかっとした砂地に出る。
 薄紅のハマヒルガオの一群が「いらっしゃい」とでもいう風に、海風に揺れている。
 それに昨日の夜に咲いたらしい待宵草。お月さまの黄色を映したみたいな花が、静かに残っとった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...