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三章
3、一緒に帰ろか【1】
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「こたにいっ。絲おばさんっ」
がらりと開いた玄関の戸から飛び出してきたんは、欧之丞やった。
しかも靴も草履も履かずに、裸足のままで駆けてくる。
「坊ちゃん。お待ちください、ころびますよ」
後を追いかけてくるのはお清さんだ。そのお清さんの忠告通り、欧之丞は飛び石につまずいた。
そして盛大に転び……そうになったとき、ぼくの目の前に日傘が落ちた。
走りだそうとしたぼくよりも先に、母さんが欧之丞の体を受け止めとった。
なんか不思議やった。ぼくと居る時の母さんは、母さんというよりもお姉さんって感じやねん。
せやのに欧之丞が相手やと、母さんがお母さんって感じに見えるんや。
多分、ぼくがしっかりしとうし、聞き分けのいいええ子やからやろけど。
「どうしたの? 走っては危ないわ」
「窓から、こたにいと絲おばさんが見えたんだ。迎えに来てくれたの?」
きらきらと瞳を輝かせて、欧之丞が母さんを見上げている。
母さんはちょっと困ったように微笑んだ。
そしてお清さんに「もう大丈夫ですか?」と尋ねたんや。
「そうですねぇ。後見人である三條さんと親戚の方との協議は進んでいますし。坊ちゃんも寂しがってますからね」
お清さんの言葉に、欧之丞と母さんが揃って顔を輝かせた。けど、多分ぼくもおんなじ表情をしとったと思う。
鏡がないから見えへんけど。
「でも、坊ちゃんの今後のことも話し合うらしいので、時々は戻ってもらわないといけませんが」
「分かったー」
「ちゃんと三條さんのお家でも、いい子にしないといけませんよ」
「うんっ。俺、めちゃくちゃいい子」
母さんの脚にしがみついて、元気よく返事をする欧之丞を見て、お清さんは目を丸くした。
そうか。うん、そうやろな。お清さんには珍しい光景かもしれへんな。
◇◇◇
ぼくらは三條の家に戻る前に、遠回りして浜辺に出かけた。
潮の匂いがすると、欧之丞は立ち止まって母さんをじーっと見上げた。
「どうしたの? 二人で遊んできていいのよ」
くるくると日傘を回しながら、母さんは微笑んでいる。
欧之丞はふいにぼくの手を握った。
「どないしたん?」と問いかけて、ぼくは気付いた。
そうか。この間のヤドカリのことを気にしとんやな。
ぼくは欧之丞の耳元に口を寄せて「大丈夫やで。貝かヤドカリか、ぼくが確認したるから」と囁いた。
やっぱり図星やったみたいで、欧之丞の顔に笑顔がはじけた。
「はやく、はやく、行こ。こたにい」
「えっ。ちょっと待ってぇな」
暗い松林の中を抜けて、欧之丞は一気に光溢れる浜辺へと走っていく。
「わーい、海っ」
「こら、こけるで」
どんなに追いかけても、欧之丞には追いつけない。
今朝までの静かな日々が、一瞬で嘘みたいに消えた。
根が張っとうぼこぼこした硬い地面から、急に足の裏がふかっとした砂地に出る。
薄紅のハマヒルガオの一群が「いらっしゃい」とでもいう風に、海風に揺れている。
それに昨日の夜に咲いたらしい待宵草。お月さまの黄色を映したみたいな花が、静かに残っとった。
がらりと開いた玄関の戸から飛び出してきたんは、欧之丞やった。
しかも靴も草履も履かずに、裸足のままで駆けてくる。
「坊ちゃん。お待ちください、ころびますよ」
後を追いかけてくるのはお清さんだ。そのお清さんの忠告通り、欧之丞は飛び石につまずいた。
そして盛大に転び……そうになったとき、ぼくの目の前に日傘が落ちた。
走りだそうとしたぼくよりも先に、母さんが欧之丞の体を受け止めとった。
なんか不思議やった。ぼくと居る時の母さんは、母さんというよりもお姉さんって感じやねん。
せやのに欧之丞が相手やと、母さんがお母さんって感じに見えるんや。
多分、ぼくがしっかりしとうし、聞き分けのいいええ子やからやろけど。
「どうしたの? 走っては危ないわ」
「窓から、こたにいと絲おばさんが見えたんだ。迎えに来てくれたの?」
きらきらと瞳を輝かせて、欧之丞が母さんを見上げている。
母さんはちょっと困ったように微笑んだ。
そしてお清さんに「もう大丈夫ですか?」と尋ねたんや。
「そうですねぇ。後見人である三條さんと親戚の方との協議は進んでいますし。坊ちゃんも寂しがってますからね」
お清さんの言葉に、欧之丞と母さんが揃って顔を輝かせた。けど、多分ぼくもおんなじ表情をしとったと思う。
鏡がないから見えへんけど。
「でも、坊ちゃんの今後のことも話し合うらしいので、時々は戻ってもらわないといけませんが」
「分かったー」
「ちゃんと三條さんのお家でも、いい子にしないといけませんよ」
「うんっ。俺、めちゃくちゃいい子」
母さんの脚にしがみついて、元気よく返事をする欧之丞を見て、お清さんは目を丸くした。
そうか。うん、そうやろな。お清さんには珍しい光景かもしれへんな。
◇◇◇
ぼくらは三條の家に戻る前に、遠回りして浜辺に出かけた。
潮の匂いがすると、欧之丞は立ち止まって母さんをじーっと見上げた。
「どうしたの? 二人で遊んできていいのよ」
くるくると日傘を回しながら、母さんは微笑んでいる。
欧之丞はふいにぼくの手を握った。
「どないしたん?」と問いかけて、ぼくは気付いた。
そうか。この間のヤドカリのことを気にしとんやな。
ぼくは欧之丞の耳元に口を寄せて「大丈夫やで。貝かヤドカリか、ぼくが確認したるから」と囁いた。
やっぱり図星やったみたいで、欧之丞の顔に笑顔がはじけた。
「はやく、はやく、行こ。こたにい」
「えっ。ちょっと待ってぇな」
暗い松林の中を抜けて、欧之丞は一気に光溢れる浜辺へと走っていく。
「わーい、海っ」
「こら、こけるで」
どんなに追いかけても、欧之丞には追いつけない。
今朝までの静かな日々が、一瞬で嘘みたいに消えた。
根が張っとうぼこぼこした硬い地面から、急に足の裏がふかっとした砂地に出る。
薄紅のハマヒルガオの一群が「いらっしゃい」とでもいう風に、海風に揺れている。
それに昨日の夜に咲いたらしい待宵草。お月さまの黄色を映したみたいな花が、静かに残っとった。
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