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二章

26、線香花火【2】

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 ぽわっと紙の部分が燃えたと思うと、ぱちぱちと火花が爆ぜた。欧之丞の線香花火がきれいに広がっていく。

「ほら、できた」
「うんっ」

 欧之丞の笑顔が弾ける。花火の光に照らされた顔は、ほんまに嬉しそうやった。

 ぼくは一人でできるし。そう思ってそーっと線香花火を蝋燭に近づけると。

「よーし。琥太郎は、父さんが手伝てつどうたろな」
「ぎゃーっ!」

 いつの間にか背後に来ていた父さんに、肩と手を掴まれた。
 なんでやねん。さっきまで反対側に立っとったやん。
 風よけの役目は? そう思って顔を上げたら、木の葉っぱや草はもう夜風には揺れてへんかった。

「また、そんな恥ずかしがって」
「恥ずかしいわ、そら。けど、ちゃうねん。自分でできるもん」
「んー。琥太郎は強がりさんやなぁ」

 父さんはしゃがみこむと、ぼくのほっぺたに顔を寄せた。
 ほっぺたすりすりするの、やめぇや。
 
「んもーっ。離れて」
「うんうん。後でな」
「母さんっ。父さんのこと何とかして」

 ぼくはそう訴えたのに。母さんは「蒼一郎さんは、琥太郎さんに構いたくて仕方がないんですよ」と言う始末や。

 つまり、我慢しろっていうこと?

「まぁ冗談はともかく。ほら、気ぃつけんと火薬が入っとうからな」
「冗談って、ほんまにほっぺたくっつけたやん」
「子どもの頬って柔らかいよなー。俺の子どもの頃も柔らかかったんやろか。自分のことやけど、想像つかへんわ」

 あかん。父さんとは話が通じへん。
 父さんは涼しい顔をして、ぼくの手を取って線香花火を蝋燭の方へ差し出した。

「火傷せんときよ」
「平気やもん」
「うんうん。過信が危ないんやで」

 まず紙の先端が丸い火の球になった。蕾っていうんやって。
 その蕾からパチパチって音がして。

「ほら、これが牡丹や。力強いやろ」

 父さんが言うように、持っているこよりが揺れそうになるほど、茜色の火花が散った。
 それがさらに盛大になって「うわーっ」って思てると。今度はパチパチやのうて、細い火花がしゅーってそよいだ。柳らしいわ。

「大丈夫よ。欧之丞さん、もう一つしましょうね」
「う、ううっ。でも……」

 なんか隣から母さんと欧之丞の情けない声が聞こえてきた。
 見れば、地面にぽたりと落ちた火の玉が急速に消えていった。

「最後の散り菊になったとたん、落っこちてしまったのよね」
「……うん」
「ずっと、じーっと動かずにいるのは難しいの。わたしもよく落としたわ」

 母さんに慰められて、かろうじて欧之丞は泣かずに済んだみたいや。
 欧之丞って泣き虫やんな。
 でも、ぼくは知っとうねん。

 うちに来る前の、高瀬の家におった頃の欧之丞は泣くことも笑うことも怒ることもせぇへん。感情を押し殺した子ぉやってことを。
 
 欧之丞の家の使用人のお清さんが、びっくりしとったもんな。
 まさか、坊ちゃんがこんなに笑ったり泣いたりするとは思いませんでした、って。

 欧之丞と母さんをぼうっと眺めとったら。あかん。ぼくの線香花火も火の玉が落っこちてしもた。

 しかも地面の上で、なんか情けなくしょぼしょぼと火が散っとう。
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