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一章

12、帰り道

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 ぼくは母さんにしがみついたまま、荷物のやり取りを見とった。
 父さんは、無理矢理なとこがあるから。
 母さんとおったら、大丈夫やねん。安全地帯やから。

 けど、安心してぼうっとしとったんが災いした。

 ひょい、と一瞬にしてぼくの体は持ち上がったんや。

「うわーっ。何するんや。はなしてぇや」
「無理いうな」

 地面が、母さんが遠くなる。うわーん。いややー、離せぇ。
 ぼくは母さんと手ぇつないで帰るんや。
 そしてぼくは、父さんに肩車をされた。

「ええなー、琥太郎。高いなぁ」
「ええことないもん。高すぎて逆に怖い」

 うそやろ? 数えで五歳やのに、肩車とか恥ずかしすぎやろ。一生懸命、父さんの胸の辺りを蹴ったのに。全然びくともせぇへんねんもん。

 しかも坂の上に父さんの身長を足すから、眼下の街やら海がさらに遠く見えて怖いんや。

「怖いって、素直に言えるんならええやんか」
「え?」
「子どもなんやから、怖いもんも多いやろ。何が怖いか知っとう方が、生きていきやすいで」

 父さんの言葉の意味は、よく分からなかった。
 怖いものがなくて強い方がええんとちゃうん? 

「父さんは何が怖いん?」
「ん? 俺は絲さんと琥太郎が居らんようになるんが一番怖いなぁ。せやから、そうならんように気ぃつけとうで」

 そういえば、ぼくの母さんは子どもの頃に誘拐されたことがあるらしい。それを助けたんが、父さんやと聞いたことがある。
 それにぼくが生まれた時も、母さんは危なかったとか。

「何が怖いか知っとかんと、守られへんからな」
「……うん」
「お、素直になったやん」

「うるさいなぁ、もうっ」と、ぼくは父さんの硬い黒髪を引っ張った。

「痛い、痛い。はげるやんか」
「知らんもん」

 家には大勢の大人がおるから。ぼくは父さんに甘えるのは、ちょっと控えとう。
 父さんは「カシラ」と呼ばれる組長で。普通やったらふんぞり返ってえらそうにするんやろけど。そういう人やないから。

 せやから、こうして他に母さんしかおらへん所やったら、無理にでもぼくに甘えて欲しいんやろな。
 しゃあないな、父さんは。わがままな子どもみたいや。

 ぼくは何が怖いんやろ。さっきの森の中の怖さは、単に得体の知れんもんが出て来るかもと思っただけやから、数には入らへん。
 虫とかも好きじゃないだけで、怖いわけやないし。

 すっごい大事なモンができたら。それを失うのが怖なるんかなぁ。

◇◇◇

 夜、ぼくは自分の部屋で布団に入っても寝られへんかった。
 あの暗い森のクヌギに、クワガタは集まっとんやろか。
 欧之丞はそれを見て、喜ぶんやろか。

 喜んだらええな。だって、わざわざぼくが砂糖水を塗りに行ったんやで。実際に塗ったんは父さんやけど。

 あの後、父さんは手紙を書いて。それを欧之丞のとこの使用人のお清さんに渡すようにと遣いを出した。
 あの子、ちゃんと来るやろか。

 考え事をしながら眠りに落ちると「あらあら。こんなところまできて」と母さんの声が聞こえた。

「琥太郎は寝相が悪いさかい」
「昼間と違って、夜に動き回るのってどうなのかしら。廊下ですよ、ここ」
「襖を蹴破らんで、良かったんちゃう。前は障子を桟ごと破壊したからな」
「脚力はあるのよ、琥太郎さん」

 父さんと母さんが、ぼそぼそと喋ってる。

 うーん? なんなん? ちゃんと布団で寝とうで。
 ふわっと自分の体が持ち上がったのが分かった。
 多分、父さんに抱っこされとう。

 もーう、肩車したり抱っこしたり。父さんはぼくに構いすぎやろ。
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