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一章

11、森は暗くて

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 道からそんなに外れてへんのに。森の中は妙に暗なってきた。
 けど、見上げたら木々の枝の隙間から見える空は、まだ茜色に染まっとう。

「父さん。もう暗いよ」

 ぼくはブタさんの蚊遣りを片手で持って、父さんの着物の袖を引っ張った。

「せやなぁ。絲さんも心配するし、そろそろ帰ろか」
「うんっ」

 父さんは枝にかけとったカンテラを手に提げた。
 枝の方が高い位置やったから。より、しんとした暗さが増す。
 ぼくは、父さんの腕にしがみついた。

「なんや、琥太郎。怖いんか?」
「こ、こわないもん」
「せやろ。別にお化けが出るわけでもないしな。けど、こういう草むらやったら」
「……やったら?」

 問いかけても父さんの答えはない。
 ねぇ、何が出るの? 教えてよ。

「さ、帰ろか。まぁ、灯りも点けとうし、平気やろ。襲われたりせぇへんと思うわ」

 父さんは振り返って、ぼくに手を差し出してくる。普段、父さんとはあんまり手はつながへんのやけど。
 慌てて、大きな手にしがみついた。
 
「なんや、琥太郎。そないに力入れて。痛いやん」
「嘘や。これくらいで父さんは痛がらへんもん」

 本人が痛いと言っているのに、慌てて否定する。せやないと、つないだ手を離されてしまうかもしれへん。

「ええんやで、しっかり繋いどき」

 父さんが掲げるカンテラの灯りで、辺りはぼんやりと橙色に染まる。それでも光が届かん場所は、真っ暗や。
 かさかさと草の葉がこすれる音。
 風や。きっと風が吹いとうだけや。

 ようやく開けた坂道が見えた時、ぼくはほっと息をついた。
 道はまだぼんやりと明るくて。その夕暮れと夜の間の美しい色合いの中に、母さんが立っとったんや。

「か、かあさんっ!」

 ぼくは父さんの手を離して駆けだした。草が足に絡みそうになるんも構わずに、一気に森を走り抜ける。
 手から蚊遣りが離れて、白いブタが草の中に落ちていく。
 それを父さんが、とっさに受け止めたけど。

 ぼくはそれにも気づかんと、母さんの腕の中に飛び込んだ。
 
「あらあら、どうしたの? 遅いから迎えに来たのよ」
「絲さん。一人で出歩いたら危ないやんか」

 蚊取り線香の煙をまとわせながら、父さんが追いかけて来る。

「夜に森に入る方が危ないですよ」
「まぁ、ここやったら狸が水を飲みに来るくらいやろ」
「そうですけど……」

 え? 夜の草むらに出るのって、狸なん?
 ぼくは、顔を上げて父さんを睨みつけた。
 もしかしたら半泣きになっとたかもしれへん。

「熊とか出るんかと思た」
「おらへんやろ、熊なんか」

 そんなん知らんもん。父さんがはっきり言わへんのが悪いんやもん。

「なぁ、琥太郎。さっきみたいに手ぇつなご」
「いやや。ぼく、母さんとつないで帰る」
「そんな殺生なこと言わんといて」

 知らん。ぼくのことをからかった父さんが悪いんやもん。

「だめですよ、蒼一郎さん。琥太郎さんを怖がらせては」

「別に怖がらせてへんねんけど」

 父さんは「弱ったなぁ」と言いながら、刷毛やら蚊遣りやらを母さんに渡した。
 珍しいなぁ。いっつも母さんの荷物を持ったるのに。
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