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六章

6、濃い闇

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 春見に抱き上げられたと思うと、次の瞬間、螢の体は浴槽に沈められていた。
 ぬるくなった湯の向こうに、春見の姿がぼやけて見える。

 何をされているのか、すぐには分からなかった。

 体を浴槽から出されたとき、螢は激しく咳きこんだ。

「螢さんには、お仕置きが必要なようですね」
「やっ……」

「抗いなさい。抵抗するあなたは、美しいですよ」
「やめ、て」

 春見はにやりと酷薄な笑みを浮かべた。

  再び湯に落とされる。
 今度はなかなか引き上げられない。両腕を掴まれたままで、螢は身動きできなかった。

 息が苦しくて、思わず口を開く。
 ごぼっと口から空気が泡となって逃げていった。

「……いや……お願い……」

 ようやく湯の外に出してもらえ、螢は必死に訴えた。

「こんなこと、やめて」
「もう逃げないと、約束をしてくれるならば」

 髪が顔に張りつき、ぼたぼたと水がしたたり落ちる。
 春見はそれを拭うように、唇を螢の頬や額に這わせた。
 
 顔を背けると、むりやり唇を重ねられる。
 螢は震える手で、春見を押しのけようとした。

 こんなことが続くの?
 一生、この牢に閉じ込められるの? 春見のためだけの人形として、生きるだけなの?
 そんなの嫌。

「さぁ、螢さん。約束を」

 螢は無言で首を振る。
 返事のないことがかんに障ったのか、春見は眉間にしわを寄せた。

「二度と逃げたくなくなるまで、覚えさせないといけませんね」
「いやぁ」

 春見の腕を必死に引っ掻くが、どうにもならない。
 執拗に繰り返される行動。息苦しさの中で、螢は蜜蜂を踏み殺した春見を思いだしていた。

◇◇◇

 螢が気付いた時には、布団に寝かされていた。
 足に違和感を覚える。体を起こそうとしたが、それもできない。

「目が覚めましたか?」

 脇息きょうそくに肘をかけて、春見が座っている。彼の布団はすでに片づけられ、座敷には光が満ちている。

「やはりよく効きますね。紺田村の薬草は」
「まさか……」

「ええ、封花祭で依代が暴れた際に逃げぬように飲ませる薬ですよ。大丈夫、一度くらいならば兄さんのようにはなりませんから。常用すると廃人になるんですよね」

 気だるそうに立ち上がった春見が、螢の側へとやって来た。
 見れば、びしょ濡れだった浴衣は着替えさせられている。帯は柔らかな兵児帯へこおびだ。

「可愛い柄でしょう? その浴衣は鉄線てっせんの花です。螢さんによく似合っていますよ。ちゃんとした帯を結んであげたいんですけど。横になっている間は、硬いし邪魔になりますからね」

「春見が着替えさせたの?」
「今はまだ下手ですが。すぐに上手になりますよ」

 そう言いながら、春見が螢にのしかかってきた。
 言い知れぬ圧迫感に、螢は逃れようとするが、体の自由がきかない。

「大丈夫。襲ったりしていませんよ。螢さんにはいつまでも清らかなままでいてほしいですから。ですが疫神の方が優遇されているのは、面白くないです」

 大きくてごつごつした手が、螢の頬を撫でる。
 大人の男の手だ。よく知っている、少年だった春見の手ではない。
 恐怖に目を見開いたとき、唇をふさがれた。

「……っ!」

 まるで螢が自分のものであって当然のような、激しいくちづけだ。
 春見の体を押しのけようとしたが、腕に力が入らない。
 
(いや……空蝉じゃない人と、こんなこと)
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