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四章
3、帰ってきて
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夜が更けても、空蝉は帰ってこなかった。
螢はそわそわと、何度も坑道跡を出たり入ったりした。
「ううん、関係ない。わたしが餌から解放されたと思えば。問題ないもの」
もしこのまま空蝉が戻らなければ。人として生きることができるかもしれない。
どこか……春見が暮らすのとは別の大きな街で、仕事を見つけて。住み込みなら、何とかなるかもしれない。
現実的な未来を考えると、胸の奥がちくりと痛んだ。
外に出ると、湿った夜気がまとわりついた。闇は濃く、木の幹から幹へと伝うようにしなければ歩けない。
ふと、深い闇の中でぼうっと光る物が見えた。
赤に朱色、銀や黄色っぽい光が、まるで空中を泳ぐように動いている。螢は夢中で光についていった。
夜露を宿した足にまとわりつく草も、でこぼこした道も平気だった。
――おいで、こちらへ。
色とりどりの光は、そう言って螢を導くように思えた。
「危ないっ!」
急に腕を掴まれ、螢は動きを止めた。
ひらひらとした光の軌跡が薄れていく。
その光を追おうとして手を伸ばした螢は、体のバランスを崩した。
「死にたいのか! 馬鹿!」
まくし立てて怒っているのは空蝉だった。
緋色の瞳が燃えているようだ。
暗闇に目が慣れた螢は、足元を覗きこんだ。
ちょうどつま先の辺りで地面は終わり、その先は崖になっている。
螢は短く悲鳴を上げて、後ずさった。
そのせいで、空蝉の腕の中にすっぽりと体が収まってしまう。
「あれは光魚だ」
「光魚?」
「人の執着や執念が大好物だ。人間をいざない、山の中では崖や川に落として、魂を食らうのだぞ。後には何一つ残らない」
「なんでそんなものが、いるの?」
「ここが銀山であったからな。もう銀はとうに掘り尽くされて残ってはおらぬが。それでも銀を得ようと訪れる、富に執着する人間を食らうのだ。螢、なぜ光魚についていった」
「だって、気になったから……」
震える声で答えると、空蝉は大きなため息をついた。
「私がいれば、奴らも枯れてしまうから。これまで現れたことはなかったな。しかし執着など、あんなクソまずいものを。よくもまぁ食いたいものだ」
この十年。それほどに常に空蝉と一緒にいたということだ。
螢は、空蝉にしがみついた。
「なんだ? 震えているのか」
「……怖かったの」
「まぁ、確かにな。相当高さのある崖だからな」
ううん。そうじゃない。
空蝉にまで捨てられてしまったと思うことが、怖かった。
もう一人きりで、夜の中に取り残されるのは嫌だから。帰ってこない人を待つのは嫌だから。
螢はそわそわと、何度も坑道跡を出たり入ったりした。
「ううん、関係ない。わたしが餌から解放されたと思えば。問題ないもの」
もしこのまま空蝉が戻らなければ。人として生きることができるかもしれない。
どこか……春見が暮らすのとは別の大きな街で、仕事を見つけて。住み込みなら、何とかなるかもしれない。
現実的な未来を考えると、胸の奥がちくりと痛んだ。
外に出ると、湿った夜気がまとわりついた。闇は濃く、木の幹から幹へと伝うようにしなければ歩けない。
ふと、深い闇の中でぼうっと光る物が見えた。
赤に朱色、銀や黄色っぽい光が、まるで空中を泳ぐように動いている。螢は夢中で光についていった。
夜露を宿した足にまとわりつく草も、でこぼこした道も平気だった。
――おいで、こちらへ。
色とりどりの光は、そう言って螢を導くように思えた。
「危ないっ!」
急に腕を掴まれ、螢は動きを止めた。
ひらひらとした光の軌跡が薄れていく。
その光を追おうとして手を伸ばした螢は、体のバランスを崩した。
「死にたいのか! 馬鹿!」
まくし立てて怒っているのは空蝉だった。
緋色の瞳が燃えているようだ。
暗闇に目が慣れた螢は、足元を覗きこんだ。
ちょうどつま先の辺りで地面は終わり、その先は崖になっている。
螢は短く悲鳴を上げて、後ずさった。
そのせいで、空蝉の腕の中にすっぽりと体が収まってしまう。
「あれは光魚だ」
「光魚?」
「人の執着や執念が大好物だ。人間をいざない、山の中では崖や川に落として、魂を食らうのだぞ。後には何一つ残らない」
「なんでそんなものが、いるの?」
「ここが銀山であったからな。もう銀はとうに掘り尽くされて残ってはおらぬが。それでも銀を得ようと訪れる、富に執着する人間を食らうのだ。螢、なぜ光魚についていった」
「だって、気になったから……」
震える声で答えると、空蝉は大きなため息をついた。
「私がいれば、奴らも枯れてしまうから。これまで現れたことはなかったな。しかし執着など、あんなクソまずいものを。よくもまぁ食いたいものだ」
この十年。それほどに常に空蝉と一緒にいたということだ。
螢は、空蝉にしがみついた。
「なんだ? 震えているのか」
「……怖かったの」
「まぁ、確かにな。相当高さのある崖だからな」
ううん。そうじゃない。
空蝉にまで捨てられてしまったと思うことが、怖かった。
もう一人きりで、夜の中に取り残されるのは嫌だから。帰ってこない人を待つのは嫌だから。
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