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十一章

28、贈り物

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 朝の光の明るさで、俺は目を覚ました。
 どうやら霧が出ているらしく、庭の木々はぼんやりと白っぽく見える。
 森ほどには木々が多くないから、霧は緑を映さぬまま白さを保っている。まるで牛乳をたっぷりと薄めて空気に溶かし込んだかのようだ。

 美しい早朝だと思った。
 そう、枕元に置かれた贈り物を目にするまでは。

 俺が上体を起こすと、エリスも目を覚ました。こいつは猫なのに熟睡をする。
 確か猫は眠りが浅くて、その分一日中寝ているから寝子ねこなのでは、なかっただろうか?

 布団と蚊帳の間の畳に、何やら見慣れぬものが落ちている。
 へにょっと力なく、毛が生えていて……なんだ、これ?

 最初はエリスがネズミを捕って来たのかと思った。だが、長い尻尾がない。
 そしてその動物は、土にまみれた体をもぞもぞと動かしている。

「うわっ!」

 俺は思わず声を上げた。
 翠子さんも「え、なんですか?」と目を覚まし。廊下をばたばたと走る音が聞こえて「旦那さま。どうなさいましたか」と、銀司も部屋に飛び込んできた。

「失礼します」

 銀司が蚊帳をめくって、中に入ってくる。
 三人の視線が、その小さな動物に集中する。エリスだけが、なぜか得意顔でおりこうに座っている。

「これは……なんだ?」
「もぐらですね」

 銀司は両手でもぐらをすくい上げると、蚊帳から出て行った。その後を、エリスが「にゃごにゃご」と文句を言いながら、追いかけている。

「故郷の島の畑には、もぐらがよくいるんですよ。猫が畑で、大きくジャンプしてるなと思うと、だいたいもぐらを咥えて帰ってきちまうんです」
「く……食うのか?」
「いえ。狩りです」

 狩りの獲物を返せと、エリスが銀司の背中に飛びついた。爪を立てつつ、彼の頭に登っていく。まるで木登りだ。

 銀司はしゃがみこむと、庭の下草に手を伸ばした。どうやらバッタかキリギリスを捕まえたらしい。それをもぐらに与えている。

「お前もいるか?」と、二匹目の虫をエリスに差し出したが。そんな小さな獲物には興味はなさそうだ。

「穴に戻しとけば、たぶん大丈夫だと思いますけど」
「あ、ああ。済まない。朝から」

 しかし何で、もぐらなんかを。起き抜けの混乱した頭では、正解にたどりつかなかった。
 それまで沈黙していた翠子さんが、エリスを呼ぶ。

「ありがとう、エリス。わたくしに贈り物をしてくれたのね」

 え、そこなのか?

 だが翠子さんの言葉が正解だったらしく、エリスは銀司の頭を蹴飛ばしながら降りて、翠子さんの元へとやってきた。

「なんて賢い子なんでしょう。そうね、お世話をしたお礼だったのね」

 エリスは翠子さんの膝に前脚をかけると、彼女の頬に顔をすり寄せた。ごろごろという音まで、盛大に聞こえてくる。

「律儀で優しくて、本当にいい子。あなたのお世話ができて幸福だわ」

 正直、驚いた。
 翠子さんは、枕元のもぐらに恐怖して動けずにいるのだとばかり思っていたから。けど実際は違った。
 彼女はエリスの優しさに感動して、無言だったのだ。

 なるほどな。彼女にエリスが懐くわけだ。
 ただ甘やかされていたから、翠子さんにくっついていたわけじゃないんだな。

「わたくし、もぐらって初めて見ました。ここのお庭にもいるんですね」

「にゃあ」と返事するエリスは「また捕ってくるけど」とでも言いたげに、身を翻そうとした。

「お礼は、あなたの可愛い笑顔で充分よ? エリスは蝉やヤモリも、鳥も捕るのが上手でしょうけど。わたくしは、こうして寄り添ってくれるあなたがいるだけで、本当に嬉しいの」

 すごいな、翠子さんは。俺ですら、枕元のもぐらに声を上げたというのに。まったく怖がる様子もない。
 褒められたエリスは満足した様子で、ごろごろと喉を鳴らしている。
 起きたついでに催したのか、縁側に置いた箱へと向かった。箱の中には新聞紙を細かく切ったものが入っていて、エリスは上手にそこで用を足す。

 尻尾をぴんと立てて、意気揚々と歩いているのは、相当に機嫌がいい証拠だ。
 お前、翠子さんに褒めてもらえるのが、そんなに嬉しいんだな。
 俺と同じだ。

 ふいに翠子さんが、へたりと畳に座り込んだ。見れば、顔が青い。額には冷や汗まで浮かんでいるではないか。

「こ……怖かったです」
「大丈夫か? 翠子さん」
「平気と言えば嘘になりますけど。でも、エリスが心を込めて贈ってくれたんですもの。悲鳴なんてあげられません」

 だよな。そりゃ怖いよな。
 翠子さんの声はかすれているけれど、エリスの思いを最優先に考えて悲鳴を飲み込む姿は、とても凛々しく見えた。
 そんなあなたが、俺にはとても誇らしい。
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