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十一章

24、静かなひととき【2】

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 翠子さんは俺の胸にもたれたまま、眠ってしまった。
 浴衣の生地ごしに感じる彼女の体温が、少し高くなったと思ったら、静かな寝息が聞こえてくる。

 近い場所で見る彼女の睫毛は長く、雨のしずくが載るんじゃないかと思えるほどだ。上級生のような化粧をしていないから、翠子さんは地味に見られることも多いが。俺はそれでいいと思う。

 さっきまで縁側で外を見ていたエリスが、俺の元へやって来た。
 翠子さんの顔を覗きこみ、彼女のお腹の部分へと飛び乗る。

 おい、こら。起こすなよ。
 せっかく翠子さんが密着しに来てくれたんだからな。
 だがエリスは俺の心配などよそに、翠子さんの腹部の辺りを揉んでいる。
 猫が寝る前に、よくやる動きだ。短い指を懸命に開いたり閉じたりして、寝床を整えるのだ。

「お前、琥太郎兄さんにもそんな風にやってんのか?」

 一心不乱に翠子さんというベッドを整えるエリスは、何も答えない。
 どうせ、寝相が悪いからころころと転がって行ってしまうのになと思いつつ、いや、さすがに俺の膝から転がることはあるまい、と己の考えを否定する。

 塀の外からピープーという、豆腐売りの調子の外れたラッパの音が聞こえてくる。それが合図でもあるまいに、前栽の木々にとまっていた蝉が鳴きだした。
 夕暮れにふさわしい、ひぐらしの涼しく寂しげな声だ。

 ぱたぱたと玄関の方から門へと向かう足音は、お清だろう。今晩の献立は豆腐だな。

「エリス。翠子さんの相手をしてくれて、ありがとうな」

 俺は、丸くなったエリスの頭を撫でた。金色の毛は柔らかすぎて、まるで何も触れていないようにも思える。
 いい日本酒が、水のように透明でさらさらしているのに似ているかもしれない。

 最初は二人の生活の間に、猫が入り込むことを好ましく思っていなかった。翠子さんの関心が、他に向くことが嫌だったのだ。
 だが、俺と二人きりの時には見せない表情を、翠子さんは浮かべていた。見守るように優しくて、まるで我が事のようにエリスのことを語る、きらきらした瞳。
 
「琥太郎兄さんの所に戻っても、また遊びに来てくれよ」

 そう呟くと、エリスは片目を開けて小さくあくびをした。

◇◇◇

 不思議です。
 わたくしが目を開けた時、なぜか旦那さまの膝というか……ふくらはぎの辺りを枕にしていました。
 
 確か眠った時は、旦那さまの肩にもたれていた気がします。
 しかも妙に苦しいと思ったら、お腹の辺りではエリスがうつ伏せになって、わたくしにしがみつき。旦那さまの腕が、がっちりと胸元を支えています。

 体を起こそうと膝を曲げると、足が座卓の裏側にぶつかってしまいました。

「く……っ」

 呻く声が頭上から聞こえます。見れば、旦那さまが唇を引き結んで、何かを堪えているご様子。

「済みません。もしかして足が痺れてしまったのでは?」

 以前、旦那さまに膝枕をして差し上げた時に、同じような状況に陥ったので、その苦しさは分かります。
 
「足の指を引っ張りましょうか?」
「いや、それは足が攣った時の対処法だから」

 わたくしはエリスを抱いて起き上がると、旦那さまは座卓に突っ伏してしまわれました。

「起こしてくだされば良かったですのに」
「いや、勿体ないと思って」

 あの、言葉まで震えていらっしゃいますけど。本当に大丈夫ですか?

「翠子さんとエリスという、愛らしい二人が俺に寄り添って、しかも安心した寝顔を見せてくれているんだ」

 両手をグーの形に拳を握りしめ、旦那さまは足の痺れを我慢なさっています。

「何といえばいいんだろう。俺は表現が上手くないから、あれなんだが。すみれの花の砂糖漬けと、ばらの花の砂糖漬けを一度にもらったような……」
「はぁ」
「愛らしいものが揃っていれば、側に置いて眺めていたいだろう? たとえ自分には似合わないとしても」

 どう返事していいのか、分かりかねますけど。旦那さまがわたくしとエリスと愛しく思ってくださっていることは、溢れるほど伝わってきます。

「ただ問題は、そのすみれの花とばらの花は、ポン菓子なんだ」
「ポン菓子って、あの圧力をかけて『バーン』とか『ボンッ』って、爆発するみたいに弾けるお菓子ですよね」

 さくさくした触感のお米が原料のお菓子は、その派手な作り方も含めて、子どもに人気ですけど。
 なぜ、すみれとばらの砂糖漬けが、ポン菓子になるのでしょう。
 材料も違いますし、さっぱり分かりません。
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