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十章

27、お仕置きを選んでしまったので【1】

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 先日、俺は時代小説を読んでいた。

 職員室に戻るために廊下を歩いていると、水筒についた鈴が二つ、りんりんと鳴っている。
 いつだったか、翠子さんが「可愛らしい音がします」と、水筒につけたものだ。うん、確かに可愛いだろうな。

 江戸時代に興味があるわけでもないから、時代小説を読むことは少ないが。まぁ、幅広く読書はしてみるものだな。
 
 それにしても、だ。
 まったく翠子さんは何を考えていたんだ。上の空で怪しすぎる。
 これが授業中ならば、数学の問題から逃げるためにぼんやりしているのは、通常なのだが。
 勉強に関係ない時は、俺の言葉を一言一句聞き逃さない勢いで、瞳をきらめかせながら食いついてくるのに。
 そして、それが当たり前だから……。

「ああ、俺は寂しいのか」

 ぽつりと呟いた時、裁縫室から楽しげな声が聞こえてきた。

 あなたを檻に入れることも、監禁することも勿論しない。心を縛れないことも、重々承知だ。

「やれやれ。何年も前から惚れてしまった俺の方が、負けているんだよな」

◇◇◇

 文子さんとお裁縫室で分かれ、わたくしは職員室に鍵を返しに行きました。
 ですが、廊下に出たところで先生がいらっしゃったのです。

「お迎えに来てくださったんですか?」
「ああ。翠子さん、中に入りなさい」

 お裁縫室にですか? 訝しみながら誰もいない部屋に戻ると、先生は後ろ手に引き戸の鍵を閉めました。

「戸締りなら、ちゃんとしましたよ。窓の鍵も掛けていますし」

 ええ、それぞれの窓のねじ締まり錠を、確認しましたもの。一つだけ、鍵のねじ山の部分が摩耗して、いつまでもくるくると鍵を回す羽目になりましたけど。

「施錠をしたのなら、それは何より」
「お裁縫室の鍵を返しに行くところだったんです」
「ああ、それは俺がやっておくから。翠子さんは昇降口で待っていてくれ」

「はい」と返事しましたが、先生は椅子を一脚引き出しました。そしてご自分が腰を下ろします。
 どうしたのでしょう。

「翠子さん、ここへおいで」
「は、はい」

 お説教でしょうか。お昼ごはんの時に、先生のご機嫌を損ねてしまいましたから。
 でも、お説教で終わるのなら幸いです。だって、ひたすら聞き流していればいいんですもの。

「お説教などしないよ。あなたは俺の説教を心に留めてくれないからね」

 わたくしの頭の中を読んだのでしょうか。先生が、真顔で否定なさいます。なぜ、ばれたのか皆目見当もつきません。
 先生はご自分の膝を、軽く手でたたきます。
 あの、膝に乗れということでしょうか。

 わたくしは、顔がかぁっと熱くなるのを感じました。覚えています。ええ、忘れられるはずがありません。
 先生と暮らし始めてすぐの頃に、指導室でされたことを。

「あ、あの。先生は、家に帰ったら覚えておきなさいと仰いました」
「うん、家に帰ってからが本番だな」
「なんの……ですか?」
「お仕置き。それを望んだのは、あなただろう?」

 どうしましょう。人はほとんどいないといっても、ここは学校です。
 ためらっていると、腰の部分をぐいっと引っ張られました。有無を言わせずに、先生の膝に乗る格好になってしまいます。

「またいでもらった方が、入れやすいんだけどな」
「い、入れるって、何を?」
「翠子さんが、可愛いと言っていたもの。あなたは、俺のことをすぐに忘れて気もそぞろになるから。ちゃんと覚えておいてもらわないと」

「忘れてないです。文子さんがいるから言えなかっただけで、わたくしは先生のことを考えていたんです。でも、そんな友人の前でのろけるなんて、できないじゃないですか」

 勇気を出して告げると、先生は瞠目なさいました。
 これできっと分かってもらえる。お仕置きの必要はないと、膝から降ろしてもらえると、わたくしは安心していました。

「駄目だよ、翠子さん」
「え?」

 先生はわたくしの耳元に唇を寄せました。そして背筋がぞくりとするほどに、甘く低い声で囁きます。

「そんな愛らしいことを言うと、とことんまで可愛がりたくなるだろう?」
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