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十章
16、南国の姫は恥ずかしすぎて【2】
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「姫さまは、本当にいけませんね。下僕に仕事を与えてくださらないとは」
「あ、あの。もうやめましょう?」
「何をでございますか? 仰ってくださらなければ、分かりませんよ」
うう、わたくしは南国の姫ごっこをやめたいのに、旦那さまはそれを許してくださいません。
どうしてすぐに手の内を見せてしまうのでしょう。
ろくなことにならないのは、重々承知していますのに。
「下僕というのは、使用人ですよね。でしたら銀司さんなのでは?」
「銀司?」
急に旦那さまの声が、冷気を伴いました。
あっ。踏んではいけない部分を、わたくし踏みつけてしまったようです。
「姫さま。欧之丞、と。あなたの下僕はこの私だけですよ」
「ですから、もうお姫さまごっこはやめましょう。旦那さま」
「欧之丞です」
そうでした。旦那さまはご自分の名前を呼ばれることに妙なこだわりがあるのでした。
この好機を逃すわけがありません。
「姫さまは物覚えが悪くていらっしゃる。この欧之丞が仕込んで差し上げねばなりませんね」
何ということでしょう。さらに設定が増えました。しかも、ろくでもない予感しかしません。
わたくしは課題の服が縫いたいだけですのに。お勉強の環境としては悪くないのかもしれませんが、お裁縫の環境としては最悪です。
「離してくださいってば」
「おや。姫さまが、そのような乱暴な言葉を使ってはなりませんね。悪い口は塞いでさしあげましょう」
あごに手を掛けられたと思うと、背後から旦那さまに唇を塞がれました。
「ん、んんっ……んぅ」
妙な角度ですのに、さらに舌まで入ってきて。しかも胸の下辺りをがっしりと腕で抑え込まれているので。身動きが取れません。
「姫にこんなことをする下僕はいませんよ」
ようやく唇が離れ、わたくしは訴えました。ええ、正当な主張です。なのに、旦那さまは堪えた様子がありません。
片方の眉を上げて、目には楽しげな光が宿っています。
「ようございました」
「その変な言葉遣い、やめてください」
「私の言葉などお気になさらず。ですが、翠子さまはご自分が姫であり、私が下僕であることをお認めになられました。それはたいそう喜ばしいことです」
違うんですってば。
もう何を言っても無駄です。
わたくしを支配なさる下僕さまは、さすがに服を脱がすことはしませんでした。
でも決して離してはくださらないですし、唇だけではなく頬にも耳にも首筋にも、キスの雨を降らせます。
「どうしてこんなことをなさるの?」
「んー? お仕置き」
わたくしの首に痕がつくほどに、くちづけをしながら旦那さまは飄々と答えます。
何のお仕置きなんですか。それにもう下僕ごっこは飽きているじゃないですか。後生ですから、解放してください。
「お仕置きされる理由が分かりません」
「いとこ煮だったかなぁ。あの甘いかぼちゃと小豆の煮物は」
どうして急に夕ご飯の献立が出てくるのでしょう。それに、苦手な物を食べるように命じたのは、お清さんですよ。
わたくしは何もしていませんのに。
ふいに、わたくしは脳裏にひらめくものがありました。
「あの……もしかして、わたくしが何もしなかったから、ですか?」
「うん、そう」
でも、旦那さまは何もおっしゃらずに、ただお皿をわたくしの方に寄せただけです。
分かっているんですよ。わたくしに食べるかと尋ねたら、お清さんにばれてしまうからだと。
まったくの言いがかりです。大人とは思えない卑怯さです。
「まぁ、それは冗談。苦手な物を食べたから、ご褒美が欲しいと言った方が正確かもな」
「ご褒美って……」
「俺にとって、翠子さん以上のご褒美がこの世にあるはずないだろ?」
「あ、あの。もうやめましょう?」
「何をでございますか? 仰ってくださらなければ、分かりませんよ」
うう、わたくしは南国の姫ごっこをやめたいのに、旦那さまはそれを許してくださいません。
どうしてすぐに手の内を見せてしまうのでしょう。
ろくなことにならないのは、重々承知していますのに。
「下僕というのは、使用人ですよね。でしたら銀司さんなのでは?」
「銀司?」
急に旦那さまの声が、冷気を伴いました。
あっ。踏んではいけない部分を、わたくし踏みつけてしまったようです。
「姫さま。欧之丞、と。あなたの下僕はこの私だけですよ」
「ですから、もうお姫さまごっこはやめましょう。旦那さま」
「欧之丞です」
そうでした。旦那さまはご自分の名前を呼ばれることに妙なこだわりがあるのでした。
この好機を逃すわけがありません。
「姫さまは物覚えが悪くていらっしゃる。この欧之丞が仕込んで差し上げねばなりませんね」
何ということでしょう。さらに設定が増えました。しかも、ろくでもない予感しかしません。
わたくしは課題の服が縫いたいだけですのに。お勉強の環境としては悪くないのかもしれませんが、お裁縫の環境としては最悪です。
「離してくださいってば」
「おや。姫さまが、そのような乱暴な言葉を使ってはなりませんね。悪い口は塞いでさしあげましょう」
あごに手を掛けられたと思うと、背後から旦那さまに唇を塞がれました。
「ん、んんっ……んぅ」
妙な角度ですのに、さらに舌まで入ってきて。しかも胸の下辺りをがっしりと腕で抑え込まれているので。身動きが取れません。
「姫にこんなことをする下僕はいませんよ」
ようやく唇が離れ、わたくしは訴えました。ええ、正当な主張です。なのに、旦那さまは堪えた様子がありません。
片方の眉を上げて、目には楽しげな光が宿っています。
「ようございました」
「その変な言葉遣い、やめてください」
「私の言葉などお気になさらず。ですが、翠子さまはご自分が姫であり、私が下僕であることをお認めになられました。それはたいそう喜ばしいことです」
違うんですってば。
もう何を言っても無駄です。
わたくしを支配なさる下僕さまは、さすがに服を脱がすことはしませんでした。
でも決して離してはくださらないですし、唇だけではなく頬にも耳にも首筋にも、キスの雨を降らせます。
「どうしてこんなことをなさるの?」
「んー? お仕置き」
わたくしの首に痕がつくほどに、くちづけをしながら旦那さまは飄々と答えます。
何のお仕置きなんですか。それにもう下僕ごっこは飽きているじゃないですか。後生ですから、解放してください。
「お仕置きされる理由が分かりません」
「いとこ煮だったかなぁ。あの甘いかぼちゃと小豆の煮物は」
どうして急に夕ご飯の献立が出てくるのでしょう。それに、苦手な物を食べるように命じたのは、お清さんですよ。
わたくしは何もしていませんのに。
ふいに、わたくしは脳裏にひらめくものがありました。
「あの……もしかして、わたくしが何もしなかったから、ですか?」
「うん、そう」
でも、旦那さまは何もおっしゃらずに、ただお皿をわたくしの方に寄せただけです。
分かっているんですよ。わたくしに食べるかと尋ねたら、お清さんにばれてしまうからだと。
まったくの言いがかりです。大人とは思えない卑怯さです。
「まぁ、それは冗談。苦手な物を食べたから、ご褒美が欲しいと言った方が正確かもな」
「ご褒美って……」
「俺にとって、翠子さん以上のご褒美がこの世にあるはずないだろ?」
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