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八章
8、宵祭り【6】
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いか焼きの屋台を探す道すがら、わたくしは変わったものを見つけました。
幟には「海ほおずき」と書いてあります。
ほおずきって、お庭に植える植物ですよね。海ってどういうことでしょう。
気になって、夜店に近寄ります。
背後に紅白の幕がかかった屋台で、売り台にはなにやら妙なものが並んでいます。
黄色くて平たくてまるいもの。いえ、赤いのもあります。何といえばいいのでしょう、形容しがたいのですけど。作り物めいているのに、自然物のようにも見えます。
「あの、おじさん。これは……」
勇気を出して問いかけると、お店の奥に座っているおじさんが「ぶびー」と奇妙な音を立てました。
「これは、なんですか?」
「ぶぅぶぅ」
わ、訳が分かりません。からかわれているのでしょうか。なのに、わたくしの周囲にいる子ども、主に女の子たちは、その奇妙なものを買い求めています。
おじさんは「ぶひぶひ」言いながら、緑の葉っぱの上に重ねて置いたそれを、女の子たちに渡していました。
そして桶に入った水に、その奇妙な黄色いものをつけると、女の子たちは口に含んだのです。
「これ、お菓子なんですか?」
とても甘そうには見えませんけど。でも、女の子が好むんですもの。おじさんはあてになりませんし、旦那さまならご存知かしら。
「ねぇ、旦那さま」
振り返ったとき、わたくしの傍に旦那さまの姿はありませんでした。流れていく人混みの左右を確認しても、どこにもいらっしゃいません。
ど、どうしましょう。旦那さま、迷子になってしまったのかしら。
周囲では女の子たちが、おじさんのように「ぶぅぶぅ」と音をたてはじめました。
奇妙な罠にかかり、異界に迷い込んだような不安感に襲われ、わたくしは当てもなく走りだしました。
「ぶぅぶぅ」という合唱が、しだいに遠くなっていきます。
早く見つけてさしあげないと。さっきの先輩方のせいで、きっと旦那さまは傷ついていらっしゃるはずだもの。
平気だって仰っていたけれど。きっと本心では寂しくて、ぼんやりとなさっていたんだわ。
浴衣と下駄で、しかも神社の境内ですから足元はとても走りにくいです。
わたくしは洋装に中折れ帽子の方を探して、人にぶつかりながらも進みました。
どこ? どこにいらっしゃるの?
この神社は家から遠くないので、もちろん旦那さまはお一人でも帰ることができます。でも、わたくしを放ってお帰りになるはずがないのです。
ええ、迷って不安になってらっしゃるのではなく、わたくしの姿が見えなくて不安になっていらっしゃるはず。
「旦那さま。翠子はここです」
そう口に出しても、雑踏の賑わいに、頼りないわたくしの声など紛れてしまいます。
湿った熱気に、浴衣のうなじを汗が伝うのを感じました。さらに走りだした時、わたくしはつまずいて転びました。
「危ないっ」
とっさに腕を掴まれて、体が引き起こされます。あと少しで地面にぶつかるというところで、わたくしの腰にたくましい腕がまわされました。
いつもの馴染んだ檸檬と薄荷の香り、それに白檀の匂いが鼻をかすめます。
「下駄で走るとか、無茶しちゃだめだろ」
「だ……んな、さま」
「この扇子、迷子防止用だろ。なんで離した?」
中折れ帽子のつばの下、旦那さまの表情は怒ってらっしゃるように見えました。
「う、うみほおずき、が」
「海ほおずき? ああ、女の子の遊ぶヤツか」
「ぶぅぶぅ鳴るんですもの」
もしかしてですけど。迷子になったのは、わたくしのほうなのでしょうか。
幟には「海ほおずき」と書いてあります。
ほおずきって、お庭に植える植物ですよね。海ってどういうことでしょう。
気になって、夜店に近寄ります。
背後に紅白の幕がかかった屋台で、売り台にはなにやら妙なものが並んでいます。
黄色くて平たくてまるいもの。いえ、赤いのもあります。何といえばいいのでしょう、形容しがたいのですけど。作り物めいているのに、自然物のようにも見えます。
「あの、おじさん。これは……」
勇気を出して問いかけると、お店の奥に座っているおじさんが「ぶびー」と奇妙な音を立てました。
「これは、なんですか?」
「ぶぅぶぅ」
わ、訳が分かりません。からかわれているのでしょうか。なのに、わたくしの周囲にいる子ども、主に女の子たちは、その奇妙なものを買い求めています。
おじさんは「ぶひぶひ」言いながら、緑の葉っぱの上に重ねて置いたそれを、女の子たちに渡していました。
そして桶に入った水に、その奇妙な黄色いものをつけると、女の子たちは口に含んだのです。
「これ、お菓子なんですか?」
とても甘そうには見えませんけど。でも、女の子が好むんですもの。おじさんはあてになりませんし、旦那さまならご存知かしら。
「ねぇ、旦那さま」
振り返ったとき、わたくしの傍に旦那さまの姿はありませんでした。流れていく人混みの左右を確認しても、どこにもいらっしゃいません。
ど、どうしましょう。旦那さま、迷子になってしまったのかしら。
周囲では女の子たちが、おじさんのように「ぶぅぶぅ」と音をたてはじめました。
奇妙な罠にかかり、異界に迷い込んだような不安感に襲われ、わたくしは当てもなく走りだしました。
「ぶぅぶぅ」という合唱が、しだいに遠くなっていきます。
早く見つけてさしあげないと。さっきの先輩方のせいで、きっと旦那さまは傷ついていらっしゃるはずだもの。
平気だって仰っていたけれど。きっと本心では寂しくて、ぼんやりとなさっていたんだわ。
浴衣と下駄で、しかも神社の境内ですから足元はとても走りにくいです。
わたくしは洋装に中折れ帽子の方を探して、人にぶつかりながらも進みました。
どこ? どこにいらっしゃるの?
この神社は家から遠くないので、もちろん旦那さまはお一人でも帰ることができます。でも、わたくしを放ってお帰りになるはずがないのです。
ええ、迷って不安になってらっしゃるのではなく、わたくしの姿が見えなくて不安になっていらっしゃるはず。
「旦那さま。翠子はここです」
そう口に出しても、雑踏の賑わいに、頼りないわたくしの声など紛れてしまいます。
湿った熱気に、浴衣のうなじを汗が伝うのを感じました。さらに走りだした時、わたくしはつまずいて転びました。
「危ないっ」
とっさに腕を掴まれて、体が引き起こされます。あと少しで地面にぶつかるというところで、わたくしの腰にたくましい腕がまわされました。
いつもの馴染んだ檸檬と薄荷の香り、それに白檀の匂いが鼻をかすめます。
「下駄で走るとか、無茶しちゃだめだろ」
「だ……んな、さま」
「この扇子、迷子防止用だろ。なんで離した?」
中折れ帽子のつばの下、旦那さまの表情は怒ってらっしゃるように見えました。
「う、うみほおずき、が」
「海ほおずき? ああ、女の子の遊ぶヤツか」
「ぶぅぶぅ鳴るんですもの」
もしかしてですけど。迷子になったのは、わたくしのほうなのでしょうか。
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