上 下
118 / 247
八章

2、宵祭りの回想

しおりを挟む
 俺は二十以上年も前のことを思い出していた。
 二十数年ほど昔か。まだ翠子さんは生まれてもいないな。遠い過去のことだ。

 あの時、俺は一つ年上の琥太郎こたろう兄さんと一緒にこの神社の宵祭りに来ていた。兄さんと呼んではいるが、血は繋がっていない。いわゆる幼馴染みだ。

 俺は夏になれば虫捕り、近くの浜へ海水浴、さらには山登りと、ほとんど家にいることがなかった。
 この街は海と山が近く、汽車やらケーブルカーの便がいいので、子どもでも行動範囲が広いのだ。
 たとえ平日であっても、毎日が土曜日の午後のような解放感と、避暑地や避寒地に暮らしているような楽しさがある。

 なのに琥太兄こたにいは、あまり外出を好まない少年だった。
 俺が遊びに行っても、結局室内で一緒に本を読んで過ごすことが多い。
 体が弱いわけではない。ただ、ぞろぞろとお付きの者がついてくるから、嫌なんだそうだ。

 どれだけ高貴な身分だよと思うだろうが。そうではない。
 ああ、いや。身分が高いといえば高いのか? よく知らないが。

 うちよりも大きな門には、うちの表札よりも何倍も大きい木の板が掛けられている。墨で書かれたその文字は『三條さんじょう組』
 学校の教室でもないのになんで『組』なんて足してあるんだろう、と少しばかり不思議に思っていた。

 だって仕方ないだろう? 琥太兄の家に強面の男たちがいっぱいいるのも、物心つく前から見慣れてしまっているんだから。

 極道で顔が怖い人たちといっても、俺は組長のお坊ちゃんの友達だから。皆、俺には優しくしてくれた。
 トンボを追いかけていたら、捕まえてくれた人もいる。
 しかも子どもの憧れ、ギンヤンマとオニヤンマだ。
 その人は顔にひどい傷痕があったけど。それでも翅がもげないように、そっとトンボを捕まえる仕草は穏やかで。
 だから、知らぬ内に慣れてしまったんだな。町内にヤクザがいる情景に。
 
「なぁ、欧之丞。今日、宵祭りっていうのがあるんやって。一緒に行かへん?」
「行きたい。俺、お清としか行ったことがないんだ」
「じゃあ、二人で行こか。皆には内緒やで」

 難しそうな本を読んでいた琥太郎兄さんは、晴れやかな笑顔を浮かべた。
 子どもだけで夜に出かける。それは、きらきらと輝く提案だ。
 
 夜の八時に家を抜け出して、宵祭りのある神社で待ち合わせをしようと約束した。
 暗いといっても祭りで人出はあるし、そもそも神社は近所だ。
 何も問題ないと思っていた。
 俺も琥太兄も、まだ子どもだったからな。

 約束の時間に俺は神社の石段に座って待っていた。けど、琥太兄は来ない。浴衣姿の親子連れが、楽しそうに缶を手に石段を下りていく。
 あれは多分、金魚すくいだ。缶に水を入れて、取った金魚を持ち帰っているんだ。

「高瀬のお坊ちゃん」

 突然、低い声で話しかけられて俺は顔を上げた。
 無数の提灯に火が入り、明るく華やいだ祭りの会場で、そこだけが異質に闇に沈んでいた。

 黒い背広やら、着流しやら。とにかく黒っぽくて厳めしい男たちが、壁の様に立っている。
 闇が塊となって、移動してきたように見えた。

「ご、ごめん。欧之丞」
「琥太兄」
「家を出ようとしたら、見つかってしもて」

 男たちの壁の間から、半泣きの琥太郎兄さんが顔を出した。

「駄目ですよ、琥太郎さま。我々をお連れ下さらないと」
カシラに俺らが叱られてしまいます。指一本で済めばいいのですが」
「高瀬の坊ちゃん。まさか琥太郎さまをそそのかしたんと、ちゃいますよね」

 俺は、ぶんぶんと首を振った。まるで高速で首が飛んでいくんじゃないかというほどに。

「ちゃう。欧之丞やない。ぼくが誘ったんや。二人だけで出かけたかったんや」

 琥太郎兄さんは必死で食い下がったけど。結局、宵祭りにはぞろぞろとヤクザがついて歩くことになった。
 露店の店主は、次々と出てきては三條組の人たちに頭を下げるし。親子連れや普通の参拝客は、異質な集団を遠巻きに避けるし。
 
 子ども二人で楽しく遊ぼうと思っていたのに。実際は真逆というか。いっそ帰りたいと思ったが「次期組長として、ちゃんと挨拶せんとあきません」と命じられて、琥太郎兄さんは連れまわされていた。
 しかも、絶対に逃がさないという決意で、琥太郎兄さんは俺の腕をしっかりと握りしめて。

「三條組はお坊ちゃんが二人なんですか?」と尋ねられるたびに、俺は「違います」と首を振り。あの時は、一生分の首を振った気がする。

 あれ以来、一度として宵祭りには来たことがない。

 逆に蒼一郎おじさん……琥太郎兄さんの父親に話を通していたら、何も問題なかっただろうに。
 子どもには、その辺りの事情が分からないものなんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

あいきゃす!~アイドル男の娘のキャッチ&ストマック

あきらつかさ
大衆娯楽
 僕、深瀬樹は一人暮らしをはじめたばかり――で、女装に手を出してみた大学生。  ある日酔って倒れていたところを、朋美さんというギャルに拾われた。  次の日の早朝、彼女に誘われるがままに初めて釣りに行き、釣りの楽しさと朋美さんのギャップに心が疼いた。  同じ大学だということも知り、また釣りに行ったところでトラブルに遭い、その動画が拡散されて、CSの釣り番組に出ることになった――「男の娘」として。  僕は次第に「釣り番組のアイドル的男の娘」になっていって、朋美さんへの想いもふくらんでいく――けど、朋美さんには「理由」があって…… ◆◇◆◇◆◇ 男の娘とギャルの釣り、ジェンダーにも触れる、甘い恋愛の話

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

強引組長は雇われ婚約者を淫らに愛す

春密まつり
恋愛
借金を抱えて昼も夜も働いている園田春子は、 外出先のホテルでお見合い直前の吾妻虎将に婚約者のフリをしてくれと頼まれる。 一日二十万円をもらえると聞き、お金とひきかえに引き受けたが、実は彼は極道の組長だった。 怯えつつも借金返済のために虎将との生活を始める春子。 怖いと思っていた虎将のいろんな顔を見ていくうちに惹かれるが、 『普通の家庭』に憧れる春子は彼と共にいることに迷いはじめ――。 ▼Rシーンが含まれる話には「*」マークをつけています。 ▼魔法のiらんどにも投稿している同タイトルのR18バージョンです ▼エブリスタにも投稿しています(章構成は異なります) ※暴力表現あります。苦手な方はご注意下さい。 ※この作品は架空のものであり、実在の人物、団体、場所、法律及び名称とは関係がありません

処理中です...