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五章

9、感づかれている

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「あの子も雰囲気が変わりましたよね」

 あの子? 俺は、皆月先生の言葉に周囲を見回した。

「ほら、高瀬先生の受け持ちの。笠井翠子ですよ」
「笠井がどうかしましたか」

「あの子」と、皆月先生は間を空けた。
 早く続きを言ってくれ。ほかならぬ翠子さんのことなら、他人事ではない。気になるじゃないか。

 俺はつま先で地面を軽く打ちながら、視界の端で翠子さんを捉えた。
 翠子さんは深山さんと楽しそうに喋っている。屈託のないその笑顔を見ているだけで、心が和む。

 俺の顔を、皆月先生がじっと見ているから。慌てて唇を引き結んで、咳払いをした。
 いかんな。心を隠すのが苦手になってきた気がする。

「笠井は、ついこの間までは女の子だったのに。今では女性に見えるわ」
「大人びたということですか?」
「そうね。ちょっと意味合いは違うかしら。あの子、誰かに相当愛されているのね」

 それは……俺は息を呑んだ。
 確かに翠子さんを抱いている時は、ぞくりとするほどの色香を感じる。だが、こうして友人と話している時、晴天の下にいる時は、そんな風には思えない。派手でも華美でもない、落ち着いた普通の女学生だ。

 だが、皆月先生は美術教師。人の内面が表面に自然と現れることを、よく知っているはず。
 
 皆月先生は服のポケットに手を入れて煙草の箱を取りだしたが、校外とはいえ今が授業中であることを思い出したらしい。夜空に金の星と軍艦を配したデザインのスターの箱を、ポケットに戻した。

「高瀬先生にまとわりつく女子は、笠井には寄り付かないし。笠井と仲のいい友人は、先生に近寄らない。だから、まぁ卒業まで隠しおおせるんじゃないですか」
「仰る意味が分かりませんね」

「煙草をっているけれど、私は鼻がいいんですよ。彼女からね、匂いがするんです」
「匂い?」
「ええ。檸檬と薄荷の混じった、今、高瀬先生から香るのと同じ匂いです」

 ふっと目を細めて、皆月先生が微笑む。まるで魔女の笑みだ。
 水平線と空の境目がはっきりと分かるくらいに晴れ渡っているのに。彼女の周囲にだけ闇が降りたように思えた。

「そんな怖い顔をしないでくださいよ。別に他言なんてしませんよ。今の高瀬先生なら、少しは描きたいかもって思えるくらいになったんですから」
「どういう思考回路ですか」
「以前は彫像みたいだったのが、笠井のおかげで人間らしくなったと褒めているんですよ」
「褒めていませんよ、それ。けなされているようにしか思えません」

「ふーん。笠井のことは否定しないんですね。たとえ建前でも彼女とは関係がないと言いたくないのかしら」

 何なんだ、この女。俺は眉根に力を入れて、得体のしれない魔女を睨みつけた。

「まぁ、いいわ。本当言うと、私は今の笠井をモデルにして描いてみたいだけなんですよ。そうね、背中の半分が見えるくらいに着物をずらして、裾も乱して。でも、白い足袋は履いている。素敵だと思いません?」
「笠井がそんなモデルを引き受けたりしませんよ」
「ええ、そうでしょうね」

 皆月先生は、またポケットに手を突っ込んで煙草の箱を出してきた。喫煙できずに、いらついているようにも見える。
 
「気を付けた方がいいですよ。女の私が描きたいくらいなんだから、今の笠井は危ないわ。まるで深夜にひっそりと咲く白い花のようだもの。花によりつく虫くらいなら平気でしょうけど。手折たおった挙句に踏みにじる馬鹿もいるでしょうからね」
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