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四章
5、サイダーとコーヒー
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久しぶりに口にしたサイダーは、とても甘くて美味しいです。
勉強の疲れが取れる心地がします。
「旦那さまもいかがですか?」
「いや、俺は甘いのは……」
そう言いかけて、旦那さまは言葉を途切れさせました。
はっ、いけません。
旦那さまにお菓子を勧めて、結果的にわたくしに蜜をかけられて、これなら食べられると言われた記憶が甦りました。
わたくしはグラスを机に置いて、思わず浴衣の衿もとに手を当てました。
「なんで逃げるんだ」
「逃げてなんていません」
ですが下を見れば、わたくしは座布団から離れてしまっていました。
「ははーん。妙なことを考えていたんだな」
「妙なことって何ですか?」
「うん、妙なことって何なんだろうな。俺には分からないから、翠子さんが教えてくれないか?」
旦那さまが身を乗り出して、わたくしの背中に腕を回します。
顔が近いです。近すぎます。
思わず突っぱねようと旦那さまの胸を押しましたが。無論、びくともしません。
「甘いものを見ると、あの行為を思い出した? それなら、もっと教え込んで反射的に感じるようにしてみようか」
「や……いやです」
「そう? 外で妙な気持ちになっては困るから、もしかしたら翠子さんもカフェーでコーヒーを飲みたくなるかもしれないぞ。苦い物に慣れるにはいいんじゃないかな」
そんなの理屈が通っていません。
サイダーの入ったグラスを手にすると、旦那さまが「ほら、飲んで」と仰いました。
わたくしは怖気つきながら、ひと口含みました。
大丈夫。だって今日は蛍狩りに行くのですから。無体なことはなさらないはずです。
こくりとサイダーを飲み下したとき、唇を舐められました。
「やっぱり甘いな」
「ひゃ……あっ」
「ほら、ちゃんともう一口飲む。グラスを離すなよ。水じゃないから、畳がべたついて掃除が大変だ」
急かされて、怖々とサイダーを飲みます。すると、また唇を舐められました。
な、なんでしょう。繰り返している内に、なんだか顔が火照ってきました。どきどきしますし、でもそれだけではないような。
旦那さまの顔が近づいては離れるので、わたくしはグラスを机に置いて、手を伸ばしました。
「旦那さま……離れないでください」
「翠子さん?」
「だって、離れるとき寂しいんですもの」
わたくしは両手で旦那さまの頬をはさみました。
そのまま唇を寄せて、自分からくちづけます。
最初は軽く、そして続けて少し長く唇を触れさせました。
サイダーのせいでしょうか。旦那さまの唇は、いつものように乾いてはいませんでした。
「甘いですか?」
「ああ」
なぜか旦那さまの声は上ずっています。そして机に置いたコーヒーを召し上がりました。
「翠子も、コーヒーに慣れます」
旦那さまは言葉もなく、目を大きく見開いています。
何もおかしいことはないのに、変ですね。だってコーヒーに慣れろと仰ったのは旦那さまなんですよ。
カフェーで妙な気分になるから甘いものは頼まないなんて、そんな無体なことを仰ってはいけません。わたくしがただコーヒーに慣れればいいことですもの。
わたくしは旦那さまの唇を、舌先でちろりと舐めました。
やはり苦いです。でも、甘いものと一緒に頂けば、もしかしたら好きになれるかもしれませんね。
「旦那さまも、こうして翠子をコーヒーに慣れさせてくださいね」
旦那さまは、顔を真っ赤にして天井を仰いでいます。
「分かった……から」
そう呟く声は、今にも消え入りそうでした。しとしとと降る雨の方が、音が大きいくらいです。
勉強の疲れが取れる心地がします。
「旦那さまもいかがですか?」
「いや、俺は甘いのは……」
そう言いかけて、旦那さまは言葉を途切れさせました。
はっ、いけません。
旦那さまにお菓子を勧めて、結果的にわたくしに蜜をかけられて、これなら食べられると言われた記憶が甦りました。
わたくしはグラスを机に置いて、思わず浴衣の衿もとに手を当てました。
「なんで逃げるんだ」
「逃げてなんていません」
ですが下を見れば、わたくしは座布団から離れてしまっていました。
「ははーん。妙なことを考えていたんだな」
「妙なことって何ですか?」
「うん、妙なことって何なんだろうな。俺には分からないから、翠子さんが教えてくれないか?」
旦那さまが身を乗り出して、わたくしの背中に腕を回します。
顔が近いです。近すぎます。
思わず突っぱねようと旦那さまの胸を押しましたが。無論、びくともしません。
「甘いものを見ると、あの行為を思い出した? それなら、もっと教え込んで反射的に感じるようにしてみようか」
「や……いやです」
「そう? 外で妙な気持ちになっては困るから、もしかしたら翠子さんもカフェーでコーヒーを飲みたくなるかもしれないぞ。苦い物に慣れるにはいいんじゃないかな」
そんなの理屈が通っていません。
サイダーの入ったグラスを手にすると、旦那さまが「ほら、飲んで」と仰いました。
わたくしは怖気つきながら、ひと口含みました。
大丈夫。だって今日は蛍狩りに行くのですから。無体なことはなさらないはずです。
こくりとサイダーを飲み下したとき、唇を舐められました。
「やっぱり甘いな」
「ひゃ……あっ」
「ほら、ちゃんともう一口飲む。グラスを離すなよ。水じゃないから、畳がべたついて掃除が大変だ」
急かされて、怖々とサイダーを飲みます。すると、また唇を舐められました。
な、なんでしょう。繰り返している内に、なんだか顔が火照ってきました。どきどきしますし、でもそれだけではないような。
旦那さまの顔が近づいては離れるので、わたくしはグラスを机に置いて、手を伸ばしました。
「旦那さま……離れないでください」
「翠子さん?」
「だって、離れるとき寂しいんですもの」
わたくしは両手で旦那さまの頬をはさみました。
そのまま唇を寄せて、自分からくちづけます。
最初は軽く、そして続けて少し長く唇を触れさせました。
サイダーのせいでしょうか。旦那さまの唇は、いつものように乾いてはいませんでした。
「甘いですか?」
「ああ」
なぜか旦那さまの声は上ずっています。そして机に置いたコーヒーを召し上がりました。
「翠子も、コーヒーに慣れます」
旦那さまは言葉もなく、目を大きく見開いています。
何もおかしいことはないのに、変ですね。だってコーヒーに慣れろと仰ったのは旦那さまなんですよ。
カフェーで妙な気分になるから甘いものは頼まないなんて、そんな無体なことを仰ってはいけません。わたくしがただコーヒーに慣れればいいことですもの。
わたくしは旦那さまの唇を、舌先でちろりと舐めました。
やはり苦いです。でも、甘いものと一緒に頂けば、もしかしたら好きになれるかもしれませんね。
「旦那さまも、こうして翠子をコーヒーに慣れさせてくださいね」
旦那さまは、顔を真っ赤にして天井を仰いでいます。
「分かった……から」
そう呟く声は、今にも消え入りそうでした。しとしとと降る雨の方が、音が大きいくらいです。
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