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二章

2、登校

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「翠子さん。こっちだ」

 一緒に登校することになりましたが、先生の足は速く、すぐに置いていかれそうになります。
 そのたびに先生は立ち止まって、わたくしが追い付くのを待ってくださいました。

「帰りも一緒に帰った方がよさそうだな」
「いえ、すぐに道を覚えますから。大丈夫です」
「いや、そういうことではない」

 大通りに出た先生は、周囲に目を配ります。
 確かに車や馬車、それに人力車の往来が多い通りです。先生のお宅が閑静な住宅街にあり、それまでの小道に神社や杜があったので、その騒々しさに本当は少し驚いています。

「人通りがあるからな。そろそろ呼び名を戻した方がいいな、笠井さん」
「はい、高瀬先生」

 奇妙な感じです。昨夜はあんなことをして、さっきまで同じテーブルについていたのに。
 光あふれる外に出たら、もう教師と学生なのですから。

 普通に高瀬先生の家で使用人として働いていたなら。こんな後ろめたさはなかったでしょうに。

 さらに角を曲がると、同じ女学校や近所の高等学校の学生が歩いていました。

「では、ここで。放課後、待っているからな」
「はい」

 先生は、不思議と柔らかな笑顔を浮かべました。そして、わたくしに向かって軽く手を上げて去っていきます。

 高瀬先生の後ろ姿を見送るなんて初めてですけど、すらりと伸びた足は歩みも速く、すぐに遠くなっていきます。
 そういえば登山がお好きだったと聞いたことがあります。健脚でいらっしゃるのでしょうね。

「高瀬先生。おはようございます」
「良い天気でよかったですわ」

「ああ、おはよう」

 すぐに女学校の生徒に、先生は囲まれてしまいました。
 ちらっと横顔が見えましたが、さっきの微笑みはもう消えています。愛想のないぶっきらぼうな、わたくしの知る高瀬先生がそこにいました。

 途中まで一緒に登校したことも、昨夜のこともまるで幻のようでした。

 校門を抜けて木造の校舎の二階へと階段を上がっていると、背後から「翠子さん」と声をかけられました。
 高瀬先生ではありません。同じ学級の深山文子みやまふみこさんです。髪の長いわたくしとは違い、首のあたりで切り揃えた髪はとてもモダンです。

「しばらく休んでらしたでしょ。心配したのよ」
「ありがとうございます。生活環境が変わったので、お休みさせていただいていたんです」
「そうだったの。で、変わったって、どんな風に?」

 文子さんは、遠慮なく尋ねてきました。
 う、うーん。そうですね。本当のことは説明できませんよね。

「おじさんの家に、居候することになったんです」
「じゃあ、実家を出たの?」
「はい」

 わたくしは、にっこりと笑顔を浮かべました。文子さんは、笠井家の事情をご存知です。ですから「どうして居候なんて」とは訊かれませんでした。

 友人に本当のことを話せないのは心苦しいですが。到底、口にできないようなこともしてしまっているのです。
 わたくしの胸が、ちくりと痛みました。
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