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八章

14、再会

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 三條組の組員の手によって欧之丞さんは、うちに運ばれました。
 ぐったりとして生気のない青い顔、それに以前よりもさらに痩せて。白い上質なシャツの背は破れ、たっぷりと血を吸った布地は赤黒く見えたのです。

「なんで? なんでなん」

 がたがたと震える琥太郎さんの手を、わたしは握りしめました。
 正座しているわたしの太腿の上で、二人して手を握り合います。

 客間に使っている部屋に敷かれた布団の上で、欧之丞さんは眠っています。すでにお医者さまの手当ては済んで、室内には消毒薬の尖った匂いが満ちていました。

「どうしてこんなことを」

 琥太郎さんと繋いでいない方の右手をそっと伸ばして、欧之丞さんの頭を撫でようとした時です。

「ごめんなさいっ」

 突然叫んだ欧之丞さんが、両手で頭を抱えたのです。その動きの速さ、無意識であろうに、眠っていたであろうに、大人の手の気配を感じただけで反応するそのしぐさが、あまりにもつらくて。
 わたしは喉が塞がれたように思えたのです。

「だいじょうぶやで。うちのおかあさんは、たたいたりせぇへん」

 布団の上に身を乗りだして、琥太郎さんは何度も何度も「たたかへんよ」と欧之丞さんの耳元に繰り返しました。

 ぼうっと開いた目は虚ろに暗くて。けれど、いつしか琥太郎さんの声が、言葉が、小さな耳に染みたのでしょうか。欧之丞さんの瞳に光が戻ったのです。

「こわくないの?」
「うん、こわないで」

 ようやく自分に話しかけているのが誰か、欧之丞さんは気付いたのでしょう。小さな声で「さくら、ありがとう」と呟いたのでした。

 わたしは居ても立ってもいられませんでした。この子を元の家に、高瀬家に帰すことなど到底できません。

 ですが、欧之丞さんには両親がちゃんと揃っているのです。しかも養子に出すことなどありえない地主の一人っ子。
 家や親という鎖に小さな欧之丞さんが、縛られて、がんじがらめになっているように思えてなりません。

 怪我が治るまで預かったとしても、その先は蒼一郎さんやわたしが立ち入ることはできないのです。

 障子も縁側の硝子戸も開け放しているので、池の水面を渡った風が吹きこんできました。石についた藻の匂いが不安を誘います。

 
 背中の裂傷を先生に縫ってもらった欧之丞さんは、日に日に元気になりました。琥太郎さんは弟ができたように親身になって付き添ったり本を一緒に読んだりして日々は過ぎました。

 不安は消えることはありませんでしたが、とうとう欧之丞さんを家に帰す日が来てしまいました。
 お清さんに連れられて帰ってゆく欧之丞さんを、琥太郎さんは「送っていく」なんて言いながら、どこまでも追いかけています。

 春の夕暮れの長い影が伸び、途中で琥太郎さんの影だけが立ちどまりました。橙色の夕陽が、隙間なく道を埋め尽くす中で、いつまでも琥太郎さんは初めてのお友達を見守っていました。

「絲さんも寂しいやろ。二人目の子どもがおらんようになってしもたみたいで」

 わたしの傍に立つ蒼一郎さんが、羽織に包まれた腕を組んで問いかけてきます。

「そうですねぇ。どちらもお行儀の良い子ですから」
「……欧之丞のあれは、借りてきた猫みたいなもんで。ほんまはやんちゃやと思うで。もしくは絲さんの前ではお行儀ようしとんやろな」
「寂しいですけど、また会えますよ。欧之丞さんに何かあれば、わたしが助けますし」
「ほーぉ、絲さんも逞しなったもんや。感心、感心」

 もう、からかわないでくださいよ。本気なんですから。
 
 その日の夕食は、とても静かでした。豆ごはんの艶々した緑のえんどう豆をおしつけあう相手がいないせいで、琥太郎さんは黙々と苦手なえんどう豆を食べています。

 大きい座卓と畳の上に四つの座布団、ひとつは座る子を待つかのように空いたままです。
 わたしはお酢の効いた鯵の南蛮漬けをいただきました。薄く切った新玉ねぎと色鮮やかな人参の千切りは、甘酢に浸されて食べやすくなっています。

「おうのすけ、ちゃんとごはんたべとうかなぁ」
「お清さんが食べさせてくれてるやろ」
「せやったら、ええんやけど」

「なぁ、欧之丞」と空席に目を向けた蒼一郎さんは、そこにいたはずの欧之丞さんに話しかけていたことに気づき、苦笑なさっていました。

 わたしと琥太郎さんはどういう表情をしていいのか、分かりませんでした。
 寂しいのはみんな同じ、けれど親は子と一緒にいた方がいいのは分かっている。けれど、本当に欧之丞さんはそれで幸せなの?
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