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七章
31、疲れとうなぁ
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絲さんは琥太郎に振り回されとう。
夜中も布団に入ってうとうとしたら、すぐに琥太郎が泣きだしてしまう。
おむつを替えるんは手伝ってやれるけど。俺では授乳は出来へんからなぁ。
牛乳では母乳の代わりにならへんし。
しかも授乳した後、琥太郎の背中をとんとんと叩いてげっぷを出させんとあかんのやけど。どうにも絲さんはそれが下手や。
力が弱いんかなぁ? それとも怖々とやるからかなぁ?
結局、疲れ果てた絲さんはぐったりと横になってしもた。
そしたらまだ琥太郎が泣きだしたんや。
絲さんは、その声にも起きることがなかった。
「お母さんになったからって、体力がついたわけやあらへんのに。無理するから」
絲さんの目の下には隈ができとう。
もともと食は細いけど、琥太郎に授乳させなあかんから、最近は頑張って食べてる。そのおかげで、逆に倒れんで済んどうかもしれへんけど。
絲さんの体に夏布団をかけてやり、頬にかかる髪をそっと払ってやる。
「琥太郎。ええ子やから、絲さんを寝かせたろな」
おむつを替えたばかりでご機嫌な琥太郎を抱っこして、俺は庭へと下りた。
夜露の降りた苔は、月明りにしっとりと光を閉じ込めたように見える。
裸足に草履の足元に感じる湿り気。それと深い苔の匂い。
木の陰や築地塀の瓦の下は闇が凝ったように暗い。だが、それに反して艶のある木の葉は月光に照らされて明るいほどや。
「見てみ、琥太郎。綺麗やろ」
俺は夜空の月を指さし、それから前栽の木々やら、もうすぐ花を咲かせようと蕾を膨らませてる朝顔を指さした。
朝顔の葉を覆う和毛の細かな一本一本すらも、明瞭に見える。
「最近は電燈やら瓦斯燈やらで、夜も昼間かと思えるほどに明るかったりするけどな。こういう仄かな光と闇に風流っていうのがあるんやで」
って、言葉も分からん赤ん坊に俺は何を話しとんやろ。
時代が進んで便利な世になるんはええけど。風情は忘れたないなぁ。
ああ、でももっと時代が進んで育児が楽になったらええなぁ。そうしたら、絲さんをゆっくり休ませてあげられるもんな。
「まぁ、琥太郎も徐々に寝ていられる時間が増えていくしな。なんかあったら絲さんやのうて俺に言うんやで……って、まだ喋られへんか」
不思議やな、俺のはほとんど独り言みたいなもんやのに。腕の中の我が子はちゃんと聞いてくれとうような気がした。
綺麗な瞳が、俺をじーっと見つめとうからやろか。
◇◇◇
瞼を通して明るい光が見えて、わたしははっと目を覚ましました。
琥太郎さんは?
慌てて横を見ると、小さいお布団に入って静かに眠っています。
なんだか久しぶりにぐっすりと眠れたみたい。常に頭の奥が鈍く痛んで、体が重かったのに。今朝はすっきりと軽いんです。
ふと、顔を上げると蒼一郎さんがぐったりと眠っていらっしゃいました。
もしかして。
わたしははっとしました。
慌てて縁側に出て沓脱石を見ると、蒼一郎さんの草履が鼻緒をこちらに向けて置いてありました。
普段、気が付けば波多野さんやわたしが、履きやすいように揃えて置いている草履です。
もしかして夜中にお庭に出て、琥太郎さんをあやしてくれていたのでしょうか。
きっとそうね。
でないと琥太郎さんがこんなにも機嫌よく、すやすやと眠るわけがないんですもの。
わたしは音を立てないように歩き、蒼一郎さんの枕元にそっと正座をしました。
少し硬い毛を撫でていると、不思議な心地になります。
そうですね、最近は琥太郎さんのことばかりで。こうして蒼一郎さんに触れることも減っていたわ。
がんばって、がんばって。そうすればちゃんとしたお母さんになれると思っていたけれど。
赤ん坊は泣くものですものね。わたしには蒼一郎さんがいて、支えてくださるんですもの。
がんばりすぎて倒れてしまったら、きっと琥太郎さんは気に病むわ。
わたしは母親の初心者なんですもの。上手くできなくても当たり前なのね。
「ありがとう、蒼一郎さん」
ほんの微かな声で囁いたのに。蒼一郎さんったら、わたしの体をぐいっと引き寄せて。わたしは布団に倒れこんでしまったの。
夜中も布団に入ってうとうとしたら、すぐに琥太郎が泣きだしてしまう。
おむつを替えるんは手伝ってやれるけど。俺では授乳は出来へんからなぁ。
牛乳では母乳の代わりにならへんし。
しかも授乳した後、琥太郎の背中をとんとんと叩いてげっぷを出させんとあかんのやけど。どうにも絲さんはそれが下手や。
力が弱いんかなぁ? それとも怖々とやるからかなぁ?
結局、疲れ果てた絲さんはぐったりと横になってしもた。
そしたらまだ琥太郎が泣きだしたんや。
絲さんは、その声にも起きることがなかった。
「お母さんになったからって、体力がついたわけやあらへんのに。無理するから」
絲さんの目の下には隈ができとう。
もともと食は細いけど、琥太郎に授乳させなあかんから、最近は頑張って食べてる。そのおかげで、逆に倒れんで済んどうかもしれへんけど。
絲さんの体に夏布団をかけてやり、頬にかかる髪をそっと払ってやる。
「琥太郎。ええ子やから、絲さんを寝かせたろな」
おむつを替えたばかりでご機嫌な琥太郎を抱っこして、俺は庭へと下りた。
夜露の降りた苔は、月明りにしっとりと光を閉じ込めたように見える。
裸足に草履の足元に感じる湿り気。それと深い苔の匂い。
木の陰や築地塀の瓦の下は闇が凝ったように暗い。だが、それに反して艶のある木の葉は月光に照らされて明るいほどや。
「見てみ、琥太郎。綺麗やろ」
俺は夜空の月を指さし、それから前栽の木々やら、もうすぐ花を咲かせようと蕾を膨らませてる朝顔を指さした。
朝顔の葉を覆う和毛の細かな一本一本すらも、明瞭に見える。
「最近は電燈やら瓦斯燈やらで、夜も昼間かと思えるほどに明るかったりするけどな。こういう仄かな光と闇に風流っていうのがあるんやで」
って、言葉も分からん赤ん坊に俺は何を話しとんやろ。
時代が進んで便利な世になるんはええけど。風情は忘れたないなぁ。
ああ、でももっと時代が進んで育児が楽になったらええなぁ。そうしたら、絲さんをゆっくり休ませてあげられるもんな。
「まぁ、琥太郎も徐々に寝ていられる時間が増えていくしな。なんかあったら絲さんやのうて俺に言うんやで……って、まだ喋られへんか」
不思議やな、俺のはほとんど独り言みたいなもんやのに。腕の中の我が子はちゃんと聞いてくれとうような気がした。
綺麗な瞳が、俺をじーっと見つめとうからやろか。
◇◇◇
瞼を通して明るい光が見えて、わたしははっと目を覚ましました。
琥太郎さんは?
慌てて横を見ると、小さいお布団に入って静かに眠っています。
なんだか久しぶりにぐっすりと眠れたみたい。常に頭の奥が鈍く痛んで、体が重かったのに。今朝はすっきりと軽いんです。
ふと、顔を上げると蒼一郎さんがぐったりと眠っていらっしゃいました。
もしかして。
わたしははっとしました。
慌てて縁側に出て沓脱石を見ると、蒼一郎さんの草履が鼻緒をこちらに向けて置いてありました。
普段、気が付けば波多野さんやわたしが、履きやすいように揃えて置いている草履です。
もしかして夜中にお庭に出て、琥太郎さんをあやしてくれていたのでしょうか。
きっとそうね。
でないと琥太郎さんがこんなにも機嫌よく、すやすやと眠るわけがないんですもの。
わたしは音を立てないように歩き、蒼一郎さんの枕元にそっと正座をしました。
少し硬い毛を撫でていると、不思議な心地になります。
そうですね、最近は琥太郎さんのことばかりで。こうして蒼一郎さんに触れることも減っていたわ。
がんばって、がんばって。そうすればちゃんとしたお母さんになれると思っていたけれど。
赤ん坊は泣くものですものね。わたしには蒼一郎さんがいて、支えてくださるんですもの。
がんばりすぎて倒れてしまったら、きっと琥太郎さんは気に病むわ。
わたしは母親の初心者なんですもの。上手くできなくても当たり前なのね。
「ありがとう、蒼一郎さん」
ほんの微かな声で囁いたのに。蒼一郎さんったら、わたしの体をぐいっと引き寄せて。わたしは布団に倒れこんでしまったの。
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