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七章
26、お昼寝をしよな
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あー、びっくりした。波多野は存外、口が軽いなぁ。
俺は琥太郎を抱っこしたまま、早足で部屋へと向かった。
これまで長いこと一人きりで使とっ部屋や。
絲さんが入院してからは、妙に広くて。それに夏やから暑いはずやのに、なぜか寒々しく思えたんや。
それは琥太郎が生まれる前の、病院からの帰り道とおんなじくらい心細くて寒かった。
絲さんには話してへんけど。医者は、もしかしたら母体はもたへんかもしれへんと聞かされてたんや。
俺はいても立っても堪らなくなって、神社にお参りした。
どうか絲さんを助けてやってください。どうか生まれてくる子どもを助けてやってください。
祈らずにはおられへんかった。病院で絲さんと話してる時のことも看護婦との攻防も、よう覚えとんやけど。
あの頃のことは、あんまり記憶にない。それくらい切羽詰まっとったんや。
夕方になって、絲さんに見送られて帰るときは、ほんまに寂しくて。
階段を降りながら、何度も二階の廊下で見送ってくれる絲さんを見上げた。
ぽつんと一人で立つ絲さんは、ほんまに儚げで。
明日もちゃんと会えるやろか。
俺が家に帰ってる間に、具合が悪ならんやろか、と不安で不安で。じっとしていられんかった。
けど絲さんは聡い子や。
俺が、心配そうな表情を浮かべたり、口ごもったりしたら、勘付いてしまう。
この出産が、ほんまに命懸けやということに。
そうしたら、きっと絲さんは己を犠牲にしても子どもを産みたい、と言い出すんや。
俺は我儘やから。絲さんも子どももどっちも欲しい。どっちかを諦めて……なんか出来るはずがない。
そう思たら、まっすぐ家には戻らずに神社に向かっとった。
お百度参りには、日数が足りへん。
せやから、病院に行く前の朝も、帰ってからの夕方も神社に足を運んだ。
氏神さまにもお願いし、生まれてくる子にも、どうか絲さんを守ってやってと何度も何度も繰り返した。
「不思議やな、琥太郎。俺は、お前が生まれてくる前から頼ってたんやな」
まだ生まれてひとつきも経たない我が子は、愛らしい瞳をぱっちりと見開いている。
「ありがとうな、琥太郎。きっとお前が絲さんを守ってくれたんやな」
琥珀のような綺麗な澄んだ瞳に、穏やかな表情の俺の顔が映っている。
まだ話したりは出来へんけど。俺の言ってることを理解してくれてるような気がした。
部屋にはすでに布団が敷いてあった。
琥太郎用の小さい子ども布団。それから絲さんが休めるように大人用の布団も。
「早いですよ、蒼一郎さん」
ぱたぱたという軽い足音。ようやく追いついた絲さんが、部屋に入ってくる。
「琥太郎を早くお昼寝させたろかと思て。あ、絲さんも着替えて休むんやで。琥太郎は俺が寝かしつけといたるから」
神社にお参りしたことを追及されたくなくて、俺は立て続けに言葉を発した。
琥太郎を小さい布団に横たえて、その柔らかな綿毛のような髪に触れる。
俺をじっと見つめていた琥太郎も、しだいにうとうとしはじめて。
その穏やかで眠そうな顔を見とったら、なんか俺まで眠なってきた。
前栽の木にとまってる蝉が、じーじーとか、しゃわしゃわとか鳴いてる。
なぁ、琥太郎。ここは病院とちゃうから、波の音は聞こえへんやろ。
でも、今日からはここがお前の家なんやで。
俺は琥太郎を抱っこしたまま、早足で部屋へと向かった。
これまで長いこと一人きりで使とっ部屋や。
絲さんが入院してからは、妙に広くて。それに夏やから暑いはずやのに、なぜか寒々しく思えたんや。
それは琥太郎が生まれる前の、病院からの帰り道とおんなじくらい心細くて寒かった。
絲さんには話してへんけど。医者は、もしかしたら母体はもたへんかもしれへんと聞かされてたんや。
俺はいても立っても堪らなくなって、神社にお参りした。
どうか絲さんを助けてやってください。どうか生まれてくる子どもを助けてやってください。
祈らずにはおられへんかった。病院で絲さんと話してる時のことも看護婦との攻防も、よう覚えとんやけど。
あの頃のことは、あんまり記憶にない。それくらい切羽詰まっとったんや。
夕方になって、絲さんに見送られて帰るときは、ほんまに寂しくて。
階段を降りながら、何度も二階の廊下で見送ってくれる絲さんを見上げた。
ぽつんと一人で立つ絲さんは、ほんまに儚げで。
明日もちゃんと会えるやろか。
俺が家に帰ってる間に、具合が悪ならんやろか、と不安で不安で。じっとしていられんかった。
けど絲さんは聡い子や。
俺が、心配そうな表情を浮かべたり、口ごもったりしたら、勘付いてしまう。
この出産が、ほんまに命懸けやということに。
そうしたら、きっと絲さんは己を犠牲にしても子どもを産みたい、と言い出すんや。
俺は我儘やから。絲さんも子どももどっちも欲しい。どっちかを諦めて……なんか出来るはずがない。
そう思たら、まっすぐ家には戻らずに神社に向かっとった。
お百度参りには、日数が足りへん。
せやから、病院に行く前の朝も、帰ってからの夕方も神社に足を運んだ。
氏神さまにもお願いし、生まれてくる子にも、どうか絲さんを守ってやってと何度も何度も繰り返した。
「不思議やな、琥太郎。俺は、お前が生まれてくる前から頼ってたんやな」
まだ生まれてひとつきも経たない我が子は、愛らしい瞳をぱっちりと見開いている。
「ありがとうな、琥太郎。きっとお前が絲さんを守ってくれたんやな」
琥珀のような綺麗な澄んだ瞳に、穏やかな表情の俺の顔が映っている。
まだ話したりは出来へんけど。俺の言ってることを理解してくれてるような気がした。
部屋にはすでに布団が敷いてあった。
琥太郎用の小さい子ども布団。それから絲さんが休めるように大人用の布団も。
「早いですよ、蒼一郎さん」
ぱたぱたという軽い足音。ようやく追いついた絲さんが、部屋に入ってくる。
「琥太郎を早くお昼寝させたろかと思て。あ、絲さんも着替えて休むんやで。琥太郎は俺が寝かしつけといたるから」
神社にお参りしたことを追及されたくなくて、俺は立て続けに言葉を発した。
琥太郎を小さい布団に横たえて、その柔らかな綿毛のような髪に触れる。
俺をじっと見つめていた琥太郎も、しだいにうとうとしはじめて。
その穏やかで眠そうな顔を見とったら、なんか俺まで眠なってきた。
前栽の木にとまってる蝉が、じーじーとか、しゃわしゃわとか鳴いてる。
なぁ、琥太郎。ここは病院とちゃうから、波の音は聞こえへんやろ。
でも、今日からはここがお前の家なんやで。
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