上 下
232 / 257
七章

25、お家に着きました

しおりを挟む
 俥から降りたわたしは、膝がかくっと崩れそうになりました。
 とっさに蒼一郎さんが支えてくださいます。

 長い入院生活で、どうやら足が萎えてしまったみたい。和服だったらきっと草履でつまずいて、地面に座り込んでいたかもしれません。

 そんなみっともない姿、皆さんの前でさらすわけにはいきません。

「気ぃつけや。まだちゃんと歩かれへんやろ」
「ありがとうございます」
「顔色も悪いな。俥に酔うたんやな」

 そうでした。わたしが具合が悪くなるくらいなんですから。琥太郎さんもきっと……。

 慌てて蒼一郎さんの腕の中の琥太郎さんの顔を確かめたのですが。
 なぜかしら小さな両手を上に挙げて、にっこりとしています。

 あのー、もしかして楽しかったの? わたしなんてもう少しで吐きそうだったのよ。
 あなた、俥は初めてなのよ。

「お、機嫌ええなぁ。琥太郎。俥が気に入ったんか? うんうん、そうやんなぁ。俺が病院の廊下で、よう抱っこして歩いとったから。動くんが好きなんやな」

 蒼一郎さんは、今にも蕩けそうなお顔で琥太郎さんを見つめています。

「こちらが若でいらっしゃいますか」
「絲さま。ご帰宅、お待ちしておりました」
「新たに若をお迎えできたこと、心よりお祝い申し上げます」

 なんだか野太い声が聞こえたと思うと、お庭の敷石を挟むようにして組員が一斉に頭を下げました。
 壮観です。壮観すぎて怖いです。

 蒼一郎さんの言いつけで、わたしのことは「姐さん」とは呼ばれませんが。
「絲さま」も、何か違う気がするのです。

「まぁ、我慢したって。絲さん」
「……はい」

 まるで隧道トンネルのような人々の間を通って、わたしは玄関へ入りました。
 すると上がり框に波多野さんが正座をなさっていたのです。

 あの、普通に中に入りたいのですが。

「お帰りなさいませ、絲お嬢さん」
「あ、はい。長らく留守にしていました。ただいま、波多野さん」

 わたしの言葉に、波多野さんは目に涙を浮かべます。

「よくぞご無事で。それに琥太郎さまもお元気で。本当に本当にこの波多野……嬉しく存じます」

 涙は次第に溢れて、正座した波多野さんの脚に落ちていきます。着物に吸い込まれていく涙が、徐々に染みを作っていました。


カシラが毎日、お参りをなさったのが、神に聞き届けられたのでしょう」

 え? 毎日お参りって、神社にですか?
 
「波多野。余計なことは言わんでええ」
「ですが、雨の日も嵐の日も、病院から戻られたら必ず神社に寄っていらしたじゃないですか。もう何十日もずっと」

 そうだったのですか? わたしは何も知りませんでした。
 隣に立つ蒼一郎さんを見上げると、琥太郎さんを抱っこしたままで、わたしから視線を逸らします。
 でも、その耳が赤く染まってらっしゃるの。

「せや、琥太郎。疲れたやろ。お昼寝しよか」

 そう告げると、お行儀悪く草履を脱ぎ散らかして蒼一郎さんは中に入りました。
 
 知らなかったわ。だって何も教えてくださらなかったんですもの。
 でも、蒼一郎さんはそういう人なんです。
 ええ、武骨で優しくて、その優しさを押しつけたりなさらないの。

 ねぇ、琥太郎さん。あなたのお父さんは素敵な方なのよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件

百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。 そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。 いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。) それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる! いいんだけど触りすぎ。 お母様も呆れからの憎しみも・・・ 溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。 デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。 アリサはの気持ちは・・・。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【続】18禁の乙女ゲームから現実へ~常に義兄弟にエッチな事されてる私。

KUMA
恋愛
※続けて書こうと思ったのですが、ゲームと分けた方が面白いと思って続編です。※ 前回までの話 18禁の乙女エロゲームの悪役令嬢のローズマリアは知らないうち新しいルート義兄弟からの監禁調教ルートへ突入途中王子の監禁調教もあったが義兄弟の頭脳勝ちで…ローズマリアは快楽淫乱ENDにと思った。 だが事故に遭ってずっと眠っていて、それは転生ではなく夢世界だった。 ある意味良かったのか悪かったのか分からないが… 万李唖は本当の自分の体に、戻れたがローズマリアの淫乱な体の感覚が忘れられずにBLゲーム最中1人でエッチな事を… それが元で同居中の義兄弟からエッチな事をされついに…… 新婚旅行中の姉夫婦は後1週間も帰って来ない… おまけに学校は夏休みで…ほぼ毎日攻められ万李唖は現実でも義兄弟から……

【完結】一夜の関係を結んだ相手の正体はスパダリヤクザでした~甘い執着で離してくれません!~

中山紡希
恋愛
ある出来事をキッカケに出会った容姿端麗な男の魅力に抗えず、一夜の関係を結んだ萌音。 翌朝目を覚ますと「俺の嫁になれ」と言い寄られる。 けれど、その上半身には昨晩は気付かなかった刺青が彫られていて……。 「久我組の若頭だ」 一夜の関係を結んだ相手は……ヤクザでした。 ※R18 ※性的描写ありますのでご注意ください

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

苺の誘惑 ~御曹司副社長の甘い計略~

泉南佳那
恋愛
来栖エリカ26歳✖️芹澤宗太27歳 売れないタレントのエリカのもとに 破格のギャラの依頼が…… ちょっと怪しげな黒の高級国産車に乗せられて ついた先は、巷で話題のニュースポット サニーヒルズビレッジ! そこでエリカを待ちうけていたのは 極上イケメン御曹司の副社長。 彼からの依頼はなんと『偽装恋人』! そして、これから2カ月あまり サニーヒルズレジデンスの彼の家で ルームシェアをしてほしいというものだった! 一緒に暮らすうちに、エリカは本気で彼に恋をしてしまい とうとう苦しい胸の内を告げることに…… *** ラグジュアリーな再開発都市を舞台に繰り広げられる 御曹司と売れないタレントの恋 はたして、その結末は⁉︎

処理中です...