上 下
228 / 257
七章

21、初めまして【2】

しおりを挟む
 琥太郎さんは、もみじのような小さな手を開いて、わたしの髪を掴もうとするんです。
 
「まだ、目はちゃんと見えていないと思いますが。琥太郎くんにはお母さんが見えているのかな」

 お医者さまの言葉に、わたしは胸が打ち震えました。
 そうなの。わたしのことが分かるのね。
 ごめんね。普通に元気に産めていたら、すぐにあなたを抱っこできたのにね。

「じゃあ、琥太郎くんは一度こちらに戻りましょうね」

 看護婦さんが琥太郎さんを受け取ろうとした時。それまでとてもおとなしかった琥太郎さんが、まるで火がついたみたいに泣きはじめたんです。

「え、え? どうしたの? どこか痛むの?」

 問いかけるわたしの声が、かき消されるほどの大声です。
 赤ちゃんの泣き声に慣れているはずの、経産婦さん達も「どうしたの」とお部屋を覗きに来ます。

「どうしたの? 琥太郎さん」

 そんな風に尋ねたところで、琥太郎さんが返事できる訳もないのに。わたしは、必死で彼を慰めようと抱きしめました。

 すると、ぴたっと泣くのが止まったんです。
 
「泣かない子だと思ってました。じゃあ、琥太郎くんをこちらに」

 看護婦さんの言葉に、また琥太郎さんが泣きはじめます。
 え、ええ? どうして?

「もしかして絲さんから離れたないんとちゃうかな? よし、琥太郎。こっちに
「三條さん。まずは手の消毒を」

 両手を広げた蒼一郎さんは「しゃあないな」と言いながら、消毒薬の満たされた白い琺瑯ほうろうの器に両手を浸しました。「冷たいな」と小さく呟きながら。

 それから、清潔な布で手を拭いた蒼一郎さんは、琥太郎さんに向かって手を差し伸べたのです。

「ほーら。琥太郎。お父さんやで」

 さっきまで大泣きだった琥太郎さんは、すぐに泣き止みました。
 まぁ、蒼一郎さんがお父さんだって分かるのね。
 なんてお利口さんなのでしょう。

 嬉しくなって琥太郎さんの見つめていると。あらあら、どうしたのかしら。小さなお口がへの字に結ばれていきます。
 しかも眉間には、小さな小さな立て皺が刻まれて。

 生まれたばかりの嬰児みどりごって、こんなに表情が豊かだったかしら。

「すごいわねぇ、琥太郎さん。こんなに小さいのに、ちゃんと意思表示ができるのね」
「感心しとう場合とちゃうけどな。絲さん、琥太郎をずっと抱っこしとかんとあかんねんで」
「あっ」

 蒼一郎さんの仰る通りでした。
 その後も、寝台に横になったわたしは琥太郎さんと同じお布団に入っていたのですけれど。
 小さな体から手をのけると、琥太郎さんは「ぎゃー」と悲鳴のように泣きはじめたのです。

「どうしましょう。とっても寂しがり屋なのかしら」
「うーん。どうやろな」

 寝台の側の椅子に腰かけた蒼一郎さんは、首を傾げます。
 
「むしろ、自分が絲さんを守ったらなあかんと思てるんかもしれへんな」

 こんな生まれたばかりの赤子なのに?

「いやー、俺もな。ほんまは手術室に入りたかったけど。絲さんの近くにいることを許されへんかってん」
「蒼一郎さん」
「せやから、こう願ったんや。誰よりも絲さんの近くにいる琥太郎が、絲さんを守ったってくれ、と」
「そうだったんですか……」

 ふいに、わたしの脳裏を一面の赤い花畑と、檸檬色に輝く十三夜の月がよぎりました。
 琥太郎さんは穏やかな表情で、わたしの指を握っています。

 そうなの……そうだったの。
 あなたと蒼一郎さんの想いが、わたしを守ってくれたのね。
 
「そうね。琥太郎さんはしっかりした子ですね」
「ん? せやなぁ。絲さんに会うまでは、産声くらいしか上げんかったもんな」

 蒼一郎さんは腕を組みながら、消毒薬の匂いのする指で琥太郎さんの柔らかな髪に触れています。

 琥太郎さんは、ちゃんとあなたの言いつけを守っていましたよ。とても律儀で優しい子ですね。
 わたしの指を、今もしっかりと握っている愛らしい手。

 ふふ、とわたしは自然と微笑みを浮かべました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されなかった者たち

ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。 令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。 第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。 公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。 一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。 その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。 ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

転生幼女の愛され公爵令嬢

meimei
恋愛
地球日本国2005年生まれの女子高生だったはずの咲良(サクラ)は目が覚めたら3歳幼女だった。どうやら昨日転んで頭をぶつけて一気に 前世を思い出したらしい…。 愛されチートと加護、神獣 逆ハーレムと願望をすべて詰め込んだ作品に… (*ノω・*)テヘ なにぶん初めての素人作品なのでゆるーく読んで頂けたらありがたいです! 幼女からスタートなので逆ハーレムは先がながいです… 一応R15指定にしました(;・∀・) 注意: これは作者の妄想により書かれた すべてフィクションのお話です! 物や人、動物、植物、全てが妄想による産物なので宜しくお願いしますm(_ _)m また誤字脱字もゆるく流して頂けるとありがたいですm(_ _)m エール&いいね♡ありがとうございます!! とても嬉しく励みになります!! 投票ありがとうございました!!(*^^*)

【完結】知られてはいけない

ひなこ
児童書・童話
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 <第2回きずな児童書大賞にて奨励賞を受賞しました>

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

悪役令嬢の兄です、ヒロインはそちらです!こっちに来ないで下さい

たなぱ
BL
生前、社畜だったおれの部屋に入り浸り、男のおれに乙女ゲームの素晴らしさを延々と語り、仮眠をしたいおれに見せ続けてきた妹がいた 人間、毎日毎日見せられたら嫌でも内容もキャラクターも覚えるんだよ そう、例えば…今、おれの目の前にいる赤い髪の美少女…この子がこのゲームの悪役令嬢となる存在…その幼少期の姿だ そしておれは…文字としてチラッと出た悪役令嬢の行いの果に一家諸共断罪された兄 ナレーションに 『悪役令嬢の兄もまた死に絶えました』 その一言で説明を片付けられ、それしか登場しない存在…そんな悪役令嬢の兄に転生してしまったのだ 社畜に優しくない転生先でおれはどう生きていくのだろう 腹黒?攻略対象×悪役令嬢の兄 暫くはほのぼのします 最終的には固定カプになります

浮気くらいで騒ぐなとおっしゃるなら、そのとおり従ってあげましょう。

Hibah
恋愛
私の夫エルキュールは、王位継承権がある王子ではないものの、その勇敢さと知性で知られた高貴な男性でした。貴族社会では珍しいことに、私たちは婚約の段階で互いに恋に落ち、幸せな結婚生活へと進みました。しかし、ある日を境に、夫は私以外の女性を部屋に連れ込むようになります。そして「男なら誰でもやっている」と、浮気を肯定し、開き直ってしまいます。私は夫のその態度に心から苦しみました。夫を愛していないわけではなく、愛し続けているからこそ、辛いのです。しかし、夫は変わってしまいました。もうどうしようもないので、私も変わることにします。

自宅アパート一棟と共に異世界へ 蔑まれていた令嬢に転生(?)しましたが、自由に生きることにしました

如月 雪名
ファンタジー
★2024年9月19日に2巻発売&コミカライズ化決定!(web版とは設定が異なる部分があります) 🔷第16回ファンタジー小説大賞。5/3207位で『特別賞』を受賞しました!!応援ありがとうございます(*^_^*) 💛小説家になろう累計PV1,830万以上達成!! ※感想欄を読まれる方は、申し訳ありませんがネタバレが多いのでご注意下さい<m(__)m>    スーパーの帰り道、突然異世界へ転移させられた、椎名 沙良(しいな さら)48歳。  残された封筒には【詫び状】と書かれており、自分がカルドサリ王国のハンフリー公爵家、リーシャ・ハンフリー、第一令嬢12歳となっているのを知る。  いきなり異世界で他人とし生きる事になったが、現状が非常によろしくない。  リーシャの母親は既に亡くなっており、後妻に虐待され納屋で監禁生活を送っていたからだ。  どうにか家庭環境を改善しようと、与えられた4つの能力(ホーム・アイテムBOX・マッピング・召喚)を使用し、早々に公爵家を出て冒険者となる。  虐待されていたため貧弱な体と体力しかないが、冒険者となり自由を手にし頑張っていく。  F級冒険者となった初日の稼ぎは、肉(角ウサギ)の配達料・鉄貨2枚(200円)。  それでもE級に上がるため200回頑張る。  同じ年頃の子供達に、からかわれたりしながらも着実に依頼をこなす日々。  チートな能力(ホームで自宅に帰れる)を隠しながら、町で路上生活をしている子供達を助けていく事に。  冒険者で稼いだお金で家を購入し、住む所を与え子供達を笑顔にする。  そんな彼女の行いを見守っていた冒険者や町人達は……。  やがて支援は町中から届くようになった。  F級冒険者からC級冒険者へと、地球から勝手に召喚した兄の椎名 賢也(しいな けんや)50歳と共に頑張り続け、4年半後ダンジョンへと進む。  ダンジョンの最終深部。  ダンジョンマスターとして再会した兄の親友(享年45)旭 尚人(あさひ なおと)も加わり、ついに3人で迷宮都市へ。  テイムした仲間のシルバー(シルバーウルフ)・ハニー(ハニービー)・フォレスト(迷宮タイガー)と一緒に楽しくダンジョン攻略中。  どこか気が抜けて心温まる? そんな冒険です。  残念ながら恋愛要素は皆無です。

処理中です...