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七章
21、初めまして【2】
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琥太郎さんは、もみじのような小さな手を開いて、わたしの髪を掴もうとするんです。
「まだ、目はちゃんと見えていないと思いますが。琥太郎くんにはお母さんが見えているのかな」
お医者さまの言葉に、わたしは胸が打ち震えました。
そうなの。わたしのことが分かるのね。
ごめんね。普通に元気に産めていたら、すぐにあなたを抱っこできたのにね。
「じゃあ、琥太郎くんは一度こちらに戻りましょうね」
看護婦さんが琥太郎さんを受け取ろうとした時。それまでとてもおとなしかった琥太郎さんが、まるで火がついたみたいに泣きはじめたんです。
「え、え? どうしたの? どこか痛むの?」
問いかけるわたしの声が、かき消されるほどの大声です。
赤ちゃんの泣き声に慣れているはずの、経産婦さん達も「どうしたの」とお部屋を覗きに来ます。
「どうしたの? 琥太郎さん」
そんな風に尋ねたところで、琥太郎さんが返事できる訳もないのに。わたしは、必死で彼を慰めようと抱きしめました。
すると、ぴたっと泣くのが止まったんです。
「泣かない子だと思ってました。じゃあ、琥太郎くんをこちらに」
看護婦さんの言葉に、また琥太郎さんが泣きはじめます。
え、ええ? どうして?
「もしかして絲さんから離れたないんとちゃうかな? よし、琥太郎。こっちに来」
「三條さん。まずは手の消毒を」
両手を広げた蒼一郎さんは「しゃあないな」と言いながら、消毒薬の満たされた白い琺瑯の器に両手を浸しました。「冷たいな」と小さく呟きながら。
それから、清潔な布で手を拭いた蒼一郎さんは、琥太郎さんに向かって手を差し伸べたのです。
「ほーら。琥太郎。お父さんやで」
さっきまで大泣きだった琥太郎さんは、すぐに泣き止みました。
まぁ、蒼一郎さんがお父さんだって分かるのね。
なんてお利口さんなのでしょう。
嬉しくなって琥太郎さんの見つめていると。あらあら、どうしたのかしら。小さなお口がへの字に結ばれていきます。
しかも眉間には、小さな小さな立て皺が刻まれて。
生まれたばかりの嬰児って、こんなに表情が豊かだったかしら。
「すごいわねぇ、琥太郎さん。こんなに小さいのに、ちゃんと意思表示ができるのね」
「感心しとう場合とちゃうけどな。絲さん、琥太郎をずっと抱っこしとかんとあかんねんで」
「あっ」
蒼一郎さんの仰る通りでした。
その後も、寝台に横になったわたしは琥太郎さんと同じお布団に入っていたのですけれど。
小さな体から手をのけると、琥太郎さんは「ぎゃー」と悲鳴のように泣きはじめたのです。
「どうしましょう。とっても寂しがり屋なのかしら」
「うーん。どうやろな」
寝台の側の椅子に腰かけた蒼一郎さんは、首を傾げます。
「むしろ、自分が絲さんを守ったらなあかんと思てるんかもしれへんな」
こんな生まれたばかりの赤子なのに?
「いやー、俺もな。ほんまは手術室に入りたかったけど。絲さんの近くにいることを許されへんかってん」
「蒼一郎さん」
「せやから、こう願ったんや。誰よりも絲さんの近くにいる琥太郎が、絲さんを守ったってくれ、と」
「そうだったんですか……」
ふいに、わたしの脳裏を一面の赤い花畑と、檸檬色に輝く十三夜の月がよぎりました。
琥太郎さんは穏やかな表情で、わたしの指を握っています。
そうなの……そうだったの。
あなたと蒼一郎さんの想いが、わたしを守ってくれたのね。
「そうね。琥太郎さんはしっかりした子ですね」
「ん? せやなぁ。絲さんに会うまでは、産声くらいしか上げんかったもんな」
蒼一郎さんは腕を組みながら、消毒薬の匂いのする指で琥太郎さんの柔らかな髪に触れています。
琥太郎さんは、ちゃんとあなたの言いつけを守っていましたよ。とても律儀で優しい子ですね。
わたしの指を、今もしっかりと握っている愛らしい手。
ふふ、とわたしは自然と微笑みを浮かべました。
「まだ、目はちゃんと見えていないと思いますが。琥太郎くんにはお母さんが見えているのかな」
お医者さまの言葉に、わたしは胸が打ち震えました。
そうなの。わたしのことが分かるのね。
ごめんね。普通に元気に産めていたら、すぐにあなたを抱っこできたのにね。
「じゃあ、琥太郎くんは一度こちらに戻りましょうね」
看護婦さんが琥太郎さんを受け取ろうとした時。それまでとてもおとなしかった琥太郎さんが、まるで火がついたみたいに泣きはじめたんです。
「え、え? どうしたの? どこか痛むの?」
問いかけるわたしの声が、かき消されるほどの大声です。
赤ちゃんの泣き声に慣れているはずの、経産婦さん達も「どうしたの」とお部屋を覗きに来ます。
「どうしたの? 琥太郎さん」
そんな風に尋ねたところで、琥太郎さんが返事できる訳もないのに。わたしは、必死で彼を慰めようと抱きしめました。
すると、ぴたっと泣くのが止まったんです。
「泣かない子だと思ってました。じゃあ、琥太郎くんをこちらに」
看護婦さんの言葉に、また琥太郎さんが泣きはじめます。
え、ええ? どうして?
「もしかして絲さんから離れたないんとちゃうかな? よし、琥太郎。こっちに来」
「三條さん。まずは手の消毒を」
両手を広げた蒼一郎さんは「しゃあないな」と言いながら、消毒薬の満たされた白い琺瑯の器に両手を浸しました。「冷たいな」と小さく呟きながら。
それから、清潔な布で手を拭いた蒼一郎さんは、琥太郎さんに向かって手を差し伸べたのです。
「ほーら。琥太郎。お父さんやで」
さっきまで大泣きだった琥太郎さんは、すぐに泣き止みました。
まぁ、蒼一郎さんがお父さんだって分かるのね。
なんてお利口さんなのでしょう。
嬉しくなって琥太郎さんの見つめていると。あらあら、どうしたのかしら。小さなお口がへの字に結ばれていきます。
しかも眉間には、小さな小さな立て皺が刻まれて。
生まれたばかりの嬰児って、こんなに表情が豊かだったかしら。
「すごいわねぇ、琥太郎さん。こんなに小さいのに、ちゃんと意思表示ができるのね」
「感心しとう場合とちゃうけどな。絲さん、琥太郎をずっと抱っこしとかんとあかんねんで」
「あっ」
蒼一郎さんの仰る通りでした。
その後も、寝台に横になったわたしは琥太郎さんと同じお布団に入っていたのですけれど。
小さな体から手をのけると、琥太郎さんは「ぎゃー」と悲鳴のように泣きはじめたのです。
「どうしましょう。とっても寂しがり屋なのかしら」
「うーん。どうやろな」
寝台の側の椅子に腰かけた蒼一郎さんは、首を傾げます。
「むしろ、自分が絲さんを守ったらなあかんと思てるんかもしれへんな」
こんな生まれたばかりの赤子なのに?
「いやー、俺もな。ほんまは手術室に入りたかったけど。絲さんの近くにいることを許されへんかってん」
「蒼一郎さん」
「せやから、こう願ったんや。誰よりも絲さんの近くにいる琥太郎が、絲さんを守ったってくれ、と」
「そうだったんですか……」
ふいに、わたしの脳裏を一面の赤い花畑と、檸檬色に輝く十三夜の月がよぎりました。
琥太郎さんは穏やかな表情で、わたしの指を握っています。
そうなの……そうだったの。
あなたと蒼一郎さんの想いが、わたしを守ってくれたのね。
「そうね。琥太郎さんはしっかりした子ですね」
「ん? せやなぁ。絲さんに会うまでは、産声くらいしか上げんかったもんな」
蒼一郎さんは腕を組みながら、消毒薬の匂いのする指で琥太郎さんの柔らかな髪に触れています。
琥太郎さんは、ちゃんとあなたの言いつけを守っていましたよ。とても律儀で優しい子ですね。
わたしの指を、今もしっかりと握っている愛らしい手。
ふふ、とわたしは自然と微笑みを浮かべました。
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