227 / 257
七章
20、初めまして【1】
しおりを挟む
今日こそは琥太郎さんに会えるのだわ。
そう思って、どきどきして待っていると看護婦さんを伴ってお医者さまが入っていらっしゃいました。
もう処置室から自分の病室に戻っても良いそうです。
その言葉に起き上がろうとすると、お腹に激痛が走りました。
む、無理です。こんな状態では。
歯を食いしばって耐えるのですが、すぐに蒼一郎さんに背中を支えられました。
「無理せんと、横になっとき」
「でも、赤ちゃんが。琥太郎さんが」
きっとわたしを待っています。
お医者さまは小さく肩をすくめると「無茶をなさらないでください」と注意なさいました。
はい、ごめんなさい。
「遠野さん。歩いて戻っていいとは言ってませんよ」
「済みません、つい」
看護婦さんが慌てて車輪のついた担架のようなものを、処置室に運んできました。
重湯もいただけたので、つい元気になったと勘違いしてしまいました。
いけませんね。わたしはもうお母さんになったのですから、落ち着かないと。
「まぁ、そんなに慌てんでもええんとちゃうかな」
のんびりとした口調で、蒼一郎さんが仰います。
でも蒼一郎さんは、もう琥太郎さんと出会ってるんですよ。
わたしはまだ顔も見ていないんです。お腹の中では十か月いたのですけど。
手術室に入るまでは大きかったお腹が、今はぺたんこです。
もうここに琥太郎さんがいないことが、妙に寂しく感じるのはおかしいのかしら。それとも彼の顔を見れば、そんな寂しさは消えるのかしら。
廊下に出ると、北に面しているからでしょうか。窓から涼しい風が吹き込んでいました。
まぁ、出たといっても横になったまま運ばれている状態なんですけど。
入院なさってる女性たちが、振り返ってわたしを見ています。
恥ずかしいわ。わたしだけ重病人みたいですもの。
お部屋に戻ると、そこは明るい光に包まれていました。
南に広がる海。そう、海の匂いを強く感じるんです。
日差しが強いのか、松林は影絵のように暗く。そして木々の間から垣間見える海は、それはもう息を呑むほどに美しい青でした。
蒼玉を溶かし込んだかのような水。木々が暗いからこそ、その澄んだ美しさがひときわ際立っています。
そして、その清らかな光の中に、蒼一郎さんとわたしの赤ちゃんが……琥太郎さんが眠っているのです。
「とてもおとなしい、いい子ですよ」
「綺麗な顔立ちをしていますね」
いつの間にか看護婦さんが増えています。
そして琥太郎さんが眠っている、籠のような小さな寝床に集まっているんです。
「あまり泣かないのよね。普通は泣き止まなくてギャンギャン言うんですけど」
「遠野さんは、子育てが楽かもしれませんよ」
そうなのかしら。
赤ちゃんと接することが、これまでほとんどなかったので。何が普通なのか、わたしには分かりません。
看護婦さんに抱っこされて、琥太郎さんは目を覚ましたのですけれど。それでも、ぐずりもしません。
まばゆい海の青を背景に、まるで彼は光に祝福されているかのようです。
わたしは寝台に移されて、それから恐る恐る手を伸ばしました。
「はい、琥太郎くん。お母さんが来ましたよ」
看護婦さんから琥太郎さんを渡されたのですが。落としやしないかとひやひやして。
だって、首がすわってないんですもの。ほんの少しでも手がずれたら、ぐらっとするんです。
でも、温かいのね。小さいのね。小さいのに、ちゃんと重いのね。
「初めまして、琥太郎さん」
わたしの声が聞こえているようで、腕の中の琥太郎さんはぱっちりと目を開いて、わたしを見つめてきました。
そう思って、どきどきして待っていると看護婦さんを伴ってお医者さまが入っていらっしゃいました。
もう処置室から自分の病室に戻っても良いそうです。
その言葉に起き上がろうとすると、お腹に激痛が走りました。
む、無理です。こんな状態では。
歯を食いしばって耐えるのですが、すぐに蒼一郎さんに背中を支えられました。
「無理せんと、横になっとき」
「でも、赤ちゃんが。琥太郎さんが」
きっとわたしを待っています。
お医者さまは小さく肩をすくめると「無茶をなさらないでください」と注意なさいました。
はい、ごめんなさい。
「遠野さん。歩いて戻っていいとは言ってませんよ」
「済みません、つい」
看護婦さんが慌てて車輪のついた担架のようなものを、処置室に運んできました。
重湯もいただけたので、つい元気になったと勘違いしてしまいました。
いけませんね。わたしはもうお母さんになったのですから、落ち着かないと。
「まぁ、そんなに慌てんでもええんとちゃうかな」
のんびりとした口調で、蒼一郎さんが仰います。
でも蒼一郎さんは、もう琥太郎さんと出会ってるんですよ。
わたしはまだ顔も見ていないんです。お腹の中では十か月いたのですけど。
手術室に入るまでは大きかったお腹が、今はぺたんこです。
もうここに琥太郎さんがいないことが、妙に寂しく感じるのはおかしいのかしら。それとも彼の顔を見れば、そんな寂しさは消えるのかしら。
廊下に出ると、北に面しているからでしょうか。窓から涼しい風が吹き込んでいました。
まぁ、出たといっても横になったまま運ばれている状態なんですけど。
入院なさってる女性たちが、振り返ってわたしを見ています。
恥ずかしいわ。わたしだけ重病人みたいですもの。
お部屋に戻ると、そこは明るい光に包まれていました。
南に広がる海。そう、海の匂いを強く感じるんです。
日差しが強いのか、松林は影絵のように暗く。そして木々の間から垣間見える海は、それはもう息を呑むほどに美しい青でした。
蒼玉を溶かし込んだかのような水。木々が暗いからこそ、その澄んだ美しさがひときわ際立っています。
そして、その清らかな光の中に、蒼一郎さんとわたしの赤ちゃんが……琥太郎さんが眠っているのです。
「とてもおとなしい、いい子ですよ」
「綺麗な顔立ちをしていますね」
いつの間にか看護婦さんが増えています。
そして琥太郎さんが眠っている、籠のような小さな寝床に集まっているんです。
「あまり泣かないのよね。普通は泣き止まなくてギャンギャン言うんですけど」
「遠野さんは、子育てが楽かもしれませんよ」
そうなのかしら。
赤ちゃんと接することが、これまでほとんどなかったので。何が普通なのか、わたしには分かりません。
看護婦さんに抱っこされて、琥太郎さんは目を覚ましたのですけれど。それでも、ぐずりもしません。
まばゆい海の青を背景に、まるで彼は光に祝福されているかのようです。
わたしは寝台に移されて、それから恐る恐る手を伸ばしました。
「はい、琥太郎くん。お母さんが来ましたよ」
看護婦さんから琥太郎さんを渡されたのですが。落としやしないかとひやひやして。
だって、首がすわってないんですもの。ほんの少しでも手がずれたら、ぐらっとするんです。
でも、温かいのね。小さいのね。小さいのに、ちゃんと重いのね。
「初めまして、琥太郎さん」
わたしの声が聞こえているようで、腕の中の琥太郎さんはぱっちりと目を開いて、わたしを見つめてきました。
0
お気に入りに追加
694
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件
百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。
そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。
いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。)
それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる!
いいんだけど触りすぎ。
お母様も呆れからの憎しみも・・・
溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。
デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。
アリサはの気持ちは・・・。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【続】18禁の乙女ゲームから現実へ~常に義兄弟にエッチな事されてる私。
KUMA
恋愛
※続けて書こうと思ったのですが、ゲームと分けた方が面白いと思って続編です。※
前回までの話
18禁の乙女エロゲームの悪役令嬢のローズマリアは知らないうち新しいルート義兄弟からの監禁調教ルートへ突入途中王子の監禁調教もあったが義兄弟の頭脳勝ちで…ローズマリアは快楽淫乱ENDにと思った。
だが事故に遭ってずっと眠っていて、それは転生ではなく夢世界だった。
ある意味良かったのか悪かったのか分からないが…
万李唖は本当の自分の体に、戻れたがローズマリアの淫乱な体の感覚が忘れられずにBLゲーム最中1人でエッチな事を…
それが元で同居中の義兄弟からエッチな事をされついに……
新婚旅行中の姉夫婦は後1週間も帰って来ない…
おまけに学校は夏休みで…ほぼ毎日攻められ万李唖は現実でも義兄弟から……
【完結】一夜の関係を結んだ相手の正体はスパダリヤクザでした~甘い執着で離してくれません!~
中山紡希
恋愛
ある出来事をキッカケに出会った容姿端麗な男の魅力に抗えず、一夜の関係を結んだ萌音。
翌朝目を覚ますと「俺の嫁になれ」と言い寄られる。
けれど、その上半身には昨晩は気付かなかった刺青が彫られていて……。
「久我組の若頭だ」
一夜の関係を結んだ相手は……ヤクザでした。
※R18
※性的描写ありますのでご注意ください
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
苺の誘惑 ~御曹司副社長の甘い計略~
泉南佳那
恋愛
来栖エリカ26歳✖️芹澤宗太27歳
売れないタレントのエリカのもとに
破格のギャラの依頼が……
ちょっと怪しげな黒の高級国産車に乗せられて
ついた先は、巷で話題のニュースポット
サニーヒルズビレッジ!
そこでエリカを待ちうけていたのは
極上イケメン御曹司の副社長。
彼からの依頼はなんと『偽装恋人』!
そして、これから2カ月あまり
サニーヒルズレジデンスの彼の家で
ルームシェアをしてほしいというものだった!
一緒に暮らすうちに、エリカは本気で彼に恋をしてしまい
とうとう苦しい胸の内を告げることに……
***
ラグジュアリーな再開発都市を舞台に繰り広げられる
御曹司と売れないタレントの恋
はたして、その結末は⁉︎
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる