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六章

28、これは夢【2】

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 ゆさゆさと体が揺さぶられて、俺は目を覚ました。
 ぼんやりとした視界に、格子天井が映る。
 ああ、そうや。温泉に来とったんや。

 行灯の薄明りの中で、心配そうに俺を覗きこむ絲さんの顔が見えた。

「大丈夫ですか? わたしですよ、絲です。分かりますか?」
「ん……」

 ああ、もう。そんなに顔を近づけて。困った子ぉやで。
 俺は絲さんの肩に手を置くと、そのまま彼女の体を引き寄せた。
 抵抗する間もなく、俺の胸に絲さんが倒れ込む。

「小さい絲さんの夢を見とった。なんか後ろ歩きをして、それを見ろとか無茶なことを言うて」
「してましたよ、後ろ歩き。得意なの」

 へ?
 俺の胸にあごを載せて、絲さんが見上げてくる。

「おじいさまにね、見てもらっていたの。水上警察所までよく行っていたんです」

 ああ、それでか。きっと遠野の爺さんから、孫娘の話を聞いたことがあったんやろ。
 あの爺さんのことやから「絲は上手やなぁ」と甘やかして、危険なことも黙認しとったに違いない。

「そういう危ない遊びはあかんねんで。転んだやろ?」

 そーっと視線を外す絲さん。
 ああ、これは相当転んだな。

 小さい頃の絲さんのことは知らんけど。それでも時折、爺さんから伝え聞いていた様子を、今でも俺は覚えとったんやな。

 当時は、会ってはいなかったけど。まったく知らん訳やなかったのが、しみじみと嬉しい。
 多分、絲さんも爺さんから俺の話を聞いていたことやろ。

 顔を合わせてへんかっただけで、二人は知り合いやったんやなぁ。

 それにしても、絲さんにそっくりのあの子は誰やったんやろ。

 懐かしいように思えるのは、絲さんの面影があったからやろか。
 俺は、その子と握った手をじっと眺めた。

◇◇◇

 驚きました
 だってわたしと手を繋いで眠っていた蒼一郎さんが、突然「君、誰や」なんて仰るんですもの。

 心臓がお悪いのは誤解でしたけれど。この温泉旅行も、子宝の湯だというのは理解もしていますが。
 妙なことを仰ると、やっぱり不安なんです。
 
 蒼一郎さんはわたしを引き寄せると、腕の中に閉じ込めました。

「このまま朝まで一緒に寝よ」
「……はい」

 蒼一郎さんに腕枕をしてもらい、彼の香りに包まれて瞼を閉じます。
 すると、蒼一郎さんがわたしに頬ずりをなさいました。

 やはり、ちくちくというかざりざりします。
 でもね、今日は許してあげるの。

「絲さんの頬は柔らかいなぁ」
「温泉がお肌にいいのかしら」
「それやったら、俺の肌も凬月堂ふうげつどう真珠麿マシュマロみたいになるんとちゃうかな」

 そんな柔らかな肌をなさった蒼一郎さんは、想像できません。
 
「どこもかしこも柔らかいなぁ」と囁きながら、わたしの頬や唇、そして浴衣越しの胸にも接吻なさいます。

「くすぐったいですよ」
「うん、せやなぁ」

 もう、まともに取り合ってくださらないんだから。

 蒼一郎さんの大きな手が、わたしのお腹の辺りにそっと伸ばされました。

「無理はさせたないから。今はもうせぇへんけど」
「はい?」
「普段からしとうけど。俺のが中に入っとうと思たら、それなりに感慨深いなぁ」

 俺の? 蒼一郎さんの仰っている意味がよく分からずに、わたしは首を傾げようとしました。
 でも、腕枕なのであまり動かせません。

 蒼一郎さんは、わたしのお腹に手を置いたまま、耳元にそっと口を寄せました。

「子どもができるんを、楽しみにしとうってことや」
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