191 / 257
六章
28、これは夢【2】
しおりを挟む
ゆさゆさと体が揺さぶられて、俺は目を覚ました。
ぼんやりとした視界に、格子天井が映る。
ああ、そうや。温泉に来とったんや。
行灯の薄明りの中で、心配そうに俺を覗きこむ絲さんの顔が見えた。
「大丈夫ですか? わたしですよ、絲です。分かりますか?」
「ん……」
ああ、もう。そんなに顔を近づけて。困った子ぉやで。
俺は絲さんの肩に手を置くと、そのまま彼女の体を引き寄せた。
抵抗する間もなく、俺の胸に絲さんが倒れ込む。
「小さい絲さんの夢を見とった。なんか後ろ歩きをして、それを見ろとか無茶なことを言うて」
「してましたよ、後ろ歩き。得意なの」
へ?
俺の胸にあごを載せて、絲さんが見上げてくる。
「おじいさまにね、見てもらっていたの。水上警察所までよく行っていたんです」
ああ、それでか。きっと遠野の爺さんから、孫娘の話を聞いたことがあったんやろ。
あの爺さんのことやから「絲は上手やなぁ」と甘やかして、危険なことも黙認しとったに違いない。
「そういう危ない遊びはあかんねんで。転んだやろ?」
そーっと視線を外す絲さん。
ああ、これは相当転んだな。
小さい頃の絲さんのことは知らんけど。それでも時折、爺さんから伝え聞いていた様子を、今でも俺は覚えとったんやな。
当時は、会ってはいなかったけど。まったく知らん訳やなかったのが、しみじみと嬉しい。
多分、絲さんも爺さんから俺の話を聞いていたことやろ。
顔を合わせてへんかっただけで、二人は知り合いやったんやなぁ。
それにしても、絲さんにそっくりのあの子は誰やったんやろ。
懐かしいように思えるのは、絲さんの面影があったからやろか。
俺は、その子と握った手をじっと眺めた。
◇◇◇
驚きました
だってわたしと手を繋いで眠っていた蒼一郎さんが、突然「君、誰や」なんて仰るんですもの。
心臓がお悪いのは誤解でしたけれど。この温泉旅行も、子宝の湯だというのは理解もしていますが。
妙なことを仰ると、やっぱり不安なんです。
蒼一郎さんはわたしを引き寄せると、腕の中に閉じ込めました。
「このまま朝まで一緒に寝よ」
「……はい」
蒼一郎さんに腕枕をしてもらい、彼の香りに包まれて瞼を閉じます。
すると、蒼一郎さんがわたしに頬ずりをなさいました。
やはり、ちくちくというかざりざりします。
でもね、今日は許してあげるの。
「絲さんの頬は柔らかいなぁ」
「温泉がお肌にいいのかしら」
「それやったら、俺の肌も凬月堂の真珠麿みたいになるんとちゃうかな」
そんな柔らかな肌をなさった蒼一郎さんは、想像できません。
「どこもかしこも柔らかいなぁ」と囁きながら、わたしの頬や唇、そして浴衣越しの胸にも接吻なさいます。
「くすぐったいですよ」
「うん、せやなぁ」
もう、まともに取り合ってくださらないんだから。
蒼一郎さんの大きな手が、わたしのお腹の辺りにそっと伸ばされました。
「無理はさせたないから。今はもうせぇへんけど」
「はい?」
「普段からしとうけど。俺のが中に入っとうと思たら、それなりに感慨深いなぁ」
俺の? 蒼一郎さんの仰っている意味がよく分からずに、わたしは首を傾げようとしました。
でも、腕枕なのであまり動かせません。
蒼一郎さんは、わたしのお腹に手を置いたまま、耳元にそっと口を寄せました。
「子どもができるんを、楽しみにしとうってことや」
ぼんやりとした視界に、格子天井が映る。
ああ、そうや。温泉に来とったんや。
行灯の薄明りの中で、心配そうに俺を覗きこむ絲さんの顔が見えた。
「大丈夫ですか? わたしですよ、絲です。分かりますか?」
「ん……」
ああ、もう。そんなに顔を近づけて。困った子ぉやで。
俺は絲さんの肩に手を置くと、そのまま彼女の体を引き寄せた。
抵抗する間もなく、俺の胸に絲さんが倒れ込む。
「小さい絲さんの夢を見とった。なんか後ろ歩きをして、それを見ろとか無茶なことを言うて」
「してましたよ、後ろ歩き。得意なの」
へ?
俺の胸にあごを載せて、絲さんが見上げてくる。
「おじいさまにね、見てもらっていたの。水上警察所までよく行っていたんです」
ああ、それでか。きっと遠野の爺さんから、孫娘の話を聞いたことがあったんやろ。
あの爺さんのことやから「絲は上手やなぁ」と甘やかして、危険なことも黙認しとったに違いない。
「そういう危ない遊びはあかんねんで。転んだやろ?」
そーっと視線を外す絲さん。
ああ、これは相当転んだな。
小さい頃の絲さんのことは知らんけど。それでも時折、爺さんから伝え聞いていた様子を、今でも俺は覚えとったんやな。
当時は、会ってはいなかったけど。まったく知らん訳やなかったのが、しみじみと嬉しい。
多分、絲さんも爺さんから俺の話を聞いていたことやろ。
顔を合わせてへんかっただけで、二人は知り合いやったんやなぁ。
それにしても、絲さんにそっくりのあの子は誰やったんやろ。
懐かしいように思えるのは、絲さんの面影があったからやろか。
俺は、その子と握った手をじっと眺めた。
◇◇◇
驚きました
だってわたしと手を繋いで眠っていた蒼一郎さんが、突然「君、誰や」なんて仰るんですもの。
心臓がお悪いのは誤解でしたけれど。この温泉旅行も、子宝の湯だというのは理解もしていますが。
妙なことを仰ると、やっぱり不安なんです。
蒼一郎さんはわたしを引き寄せると、腕の中に閉じ込めました。
「このまま朝まで一緒に寝よ」
「……はい」
蒼一郎さんに腕枕をしてもらい、彼の香りに包まれて瞼を閉じます。
すると、蒼一郎さんがわたしに頬ずりをなさいました。
やはり、ちくちくというかざりざりします。
でもね、今日は許してあげるの。
「絲さんの頬は柔らかいなぁ」
「温泉がお肌にいいのかしら」
「それやったら、俺の肌も凬月堂の真珠麿みたいになるんとちゃうかな」
そんな柔らかな肌をなさった蒼一郎さんは、想像できません。
「どこもかしこも柔らかいなぁ」と囁きながら、わたしの頬や唇、そして浴衣越しの胸にも接吻なさいます。
「くすぐったいですよ」
「うん、せやなぁ」
もう、まともに取り合ってくださらないんだから。
蒼一郎さんの大きな手が、わたしのお腹の辺りにそっと伸ばされました。
「無理はさせたないから。今はもうせぇへんけど」
「はい?」
「普段からしとうけど。俺のが中に入っとうと思たら、それなりに感慨深いなぁ」
俺の? 蒼一郎さんの仰っている意味がよく分からずに、わたしは首を傾げようとしました。
でも、腕枕なのであまり動かせません。
蒼一郎さんは、わたしのお腹に手を置いたまま、耳元にそっと口を寄せました。
「子どもができるんを、楽しみにしとうってことや」
0
お気に入りに追加
694
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件
百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。
そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。
いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。)
それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる!
いいんだけど触りすぎ。
お母様も呆れからの憎しみも・・・
溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。
デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。
アリサはの気持ちは・・・。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【続】18禁の乙女ゲームから現実へ~常に義兄弟にエッチな事されてる私。
KUMA
恋愛
※続けて書こうと思ったのですが、ゲームと分けた方が面白いと思って続編です。※
前回までの話
18禁の乙女エロゲームの悪役令嬢のローズマリアは知らないうち新しいルート義兄弟からの監禁調教ルートへ突入途中王子の監禁調教もあったが義兄弟の頭脳勝ちで…ローズマリアは快楽淫乱ENDにと思った。
だが事故に遭ってずっと眠っていて、それは転生ではなく夢世界だった。
ある意味良かったのか悪かったのか分からないが…
万李唖は本当の自分の体に、戻れたがローズマリアの淫乱な体の感覚が忘れられずにBLゲーム最中1人でエッチな事を…
それが元で同居中の義兄弟からエッチな事をされついに……
新婚旅行中の姉夫婦は後1週間も帰って来ない…
おまけに学校は夏休みで…ほぼ毎日攻められ万李唖は現実でも義兄弟から……
【完結】一夜の関係を結んだ相手の正体はスパダリヤクザでした~甘い執着で離してくれません!~
中山紡希
恋愛
ある出来事をキッカケに出会った容姿端麗な男の魅力に抗えず、一夜の関係を結んだ萌音。
翌朝目を覚ますと「俺の嫁になれ」と言い寄られる。
けれど、その上半身には昨晩は気付かなかった刺青が彫られていて……。
「久我組の若頭だ」
一夜の関係を結んだ相手は……ヤクザでした。
※R18
※性的描写ありますのでご注意ください
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
苺の誘惑 ~御曹司副社長の甘い計略~
泉南佳那
恋愛
来栖エリカ26歳✖️芹澤宗太27歳
売れないタレントのエリカのもとに
破格のギャラの依頼が……
ちょっと怪しげな黒の高級国産車に乗せられて
ついた先は、巷で話題のニュースポット
サニーヒルズビレッジ!
そこでエリカを待ちうけていたのは
極上イケメン御曹司の副社長。
彼からの依頼はなんと『偽装恋人』!
そして、これから2カ月あまり
サニーヒルズレジデンスの彼の家で
ルームシェアをしてほしいというものだった!
一緒に暮らすうちに、エリカは本気で彼に恋をしてしまい
とうとう苦しい胸の内を告げることに……
***
ラグジュアリーな再開発都市を舞台に繰り広げられる
御曹司と売れないタレントの恋
はたして、その結末は⁉︎
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる