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五章
13、やめてくれ、恥ずかしい
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俺の膝に座った絲さんの髪からは、石鹸のええ匂いがする。
絲さんは手鏡に俺の顔を映そうと、苦心している。
まぁ、ええんやけどな。自分の顔なんかほんまは別に見たいわけやないし。
けどなぁ、隠しごとは気になるよなぁ。放っておくのが一番なんやけどなぁ。分かって入るんやけどなぁ。
「で、絲さんは俺のどこが格好いいって?」
「えっと、そうですね。鼻筋が通って素敵なお顔です」
「ふんふん」
絲さんの鼻は低いというよりは、どっちかというたら短いもんな。
なんて言うたら機嫌を損ねるやろから、口にはせんとこ。
「あとは、目つきが鋭くて……怖いです」
ん? それは褒め言葉とちゃうで。
「それに、がっしりとなさっていて。のしかかられると重くて。押しつぶされてしまいそう」
「……はぁ」
今度からはこれまで以上に、絲さんに体重をかけんように気をつけるわ。
「きゅ、吸引力が強くて。その舌を抜かれてしまいそうなの。蒼一郎さんは閻魔さまなの?」
おいおい、待てや。舌を抜かれるって、それは接吻の時のことか?
俺、そんなに酷いことしとったっけ?
小首を傾げたが、なにぶん行為の最中のことや。覚えてないな。
「あのー、絲さん。褒めてくれるんとちゃうかったん?」
「は、そうでした」という表情で絲さんが顔を上げた。少し涙目になっとったんは、俺に舌を抜かれそうになった時の苦しさを思い出したんやろ。
今度からは気をつけよ。
「あのね、下校する時に昇降口で上履きから、靴に履き替えるんです」
「せやなぁ」
「そうするとね、校門でわたしを待ってくださっている蒼一郎さんの姿が見えるの。その後ろ姿が凛々しくて。わたし、胸がきゅんとなるからお書物を抱えて見とれてしまうの」
なんやて? そんなん初耳や。
「わたしに気づいて蒼一郎さんが振り返るでしょう? その時の笑顔がね、とても眩しいの。ね、ご存じ?」
いや、知らん。
「『おかえり、絲さん』って仰ってくださる声も渋くて。わたし、眠るときに記憶を反芻するのよ」
ほんまか? 隣に俺が横になっとんのに? 俺の声を脳内で繰り返すんか。
さ、さすがにちょっと照れるよな。
絲さん、どれだけ俺のことが好きやねん。
そういう時は、遠慮せんと俺の布団に入ってきてええんやで。
気を遣う絲さんのことやから、俺を起こしたらあかんと遠慮しとんやろ。
「そうそう。お風呂場で口ずさんでいらっしゃった『庭の千草』もお上手だったわ。蒼一郎さんはお強い上に、情緒もあって本当に素敵」
うわーっ。もう、やめてくれ。
確かに褒めろと言うたんは俺やけど。もう耐えられへん。
むしろ貶される方が、気が楽や。
俺は片手で自分の顔を隠した。せやのに絲さんは身を乗り出してきて、俺の手に指をかける。
「ね。お顔を隠すなんて、そんなつれないことをなさらないで。絲に素敵なお顔を見せてください」
「あ、あかん。できへん」
「大丈夫。減るものではないですから」
ゆったりと微笑むと、絲さんは俺の手を下ろさせた。たいして力のない子やのに、俺はそれに逆らえへんかった。
自分でも頬が熱くなるのが分かる。
あかん、この子悪女や。大の男を手玉に取る悪女や。
誰や、清らかな絲さんをこんな風に育てたんは。
俺かっ。
絲さんは手鏡に俺の顔を映そうと、苦心している。
まぁ、ええんやけどな。自分の顔なんかほんまは別に見たいわけやないし。
けどなぁ、隠しごとは気になるよなぁ。放っておくのが一番なんやけどなぁ。分かって入るんやけどなぁ。
「で、絲さんは俺のどこが格好いいって?」
「えっと、そうですね。鼻筋が通って素敵なお顔です」
「ふんふん」
絲さんの鼻は低いというよりは、どっちかというたら短いもんな。
なんて言うたら機嫌を損ねるやろから、口にはせんとこ。
「あとは、目つきが鋭くて……怖いです」
ん? それは褒め言葉とちゃうで。
「それに、がっしりとなさっていて。のしかかられると重くて。押しつぶされてしまいそう」
「……はぁ」
今度からはこれまで以上に、絲さんに体重をかけんように気をつけるわ。
「きゅ、吸引力が強くて。その舌を抜かれてしまいそうなの。蒼一郎さんは閻魔さまなの?」
おいおい、待てや。舌を抜かれるって、それは接吻の時のことか?
俺、そんなに酷いことしとったっけ?
小首を傾げたが、なにぶん行為の最中のことや。覚えてないな。
「あのー、絲さん。褒めてくれるんとちゃうかったん?」
「は、そうでした」という表情で絲さんが顔を上げた。少し涙目になっとったんは、俺に舌を抜かれそうになった時の苦しさを思い出したんやろ。
今度からは気をつけよ。
「あのね、下校する時に昇降口で上履きから、靴に履き替えるんです」
「せやなぁ」
「そうするとね、校門でわたしを待ってくださっている蒼一郎さんの姿が見えるの。その後ろ姿が凛々しくて。わたし、胸がきゅんとなるからお書物を抱えて見とれてしまうの」
なんやて? そんなん初耳や。
「わたしに気づいて蒼一郎さんが振り返るでしょう? その時の笑顔がね、とても眩しいの。ね、ご存じ?」
いや、知らん。
「『おかえり、絲さん』って仰ってくださる声も渋くて。わたし、眠るときに記憶を反芻するのよ」
ほんまか? 隣に俺が横になっとんのに? 俺の声を脳内で繰り返すんか。
さ、さすがにちょっと照れるよな。
絲さん、どれだけ俺のことが好きやねん。
そういう時は、遠慮せんと俺の布団に入ってきてええんやで。
気を遣う絲さんのことやから、俺を起こしたらあかんと遠慮しとんやろ。
「そうそう。お風呂場で口ずさんでいらっしゃった『庭の千草』もお上手だったわ。蒼一郎さんはお強い上に、情緒もあって本当に素敵」
うわーっ。もう、やめてくれ。
確かに褒めろと言うたんは俺やけど。もう耐えられへん。
むしろ貶される方が、気が楽や。
俺は片手で自分の顔を隠した。せやのに絲さんは身を乗り出してきて、俺の手に指をかける。
「ね。お顔を隠すなんて、そんなつれないことをなさらないで。絲に素敵なお顔を見せてください」
「あ、あかん。できへん」
「大丈夫。減るものではないですから」
ゆったりと微笑むと、絲さんは俺の手を下ろさせた。たいして力のない子やのに、俺はそれに逆らえへんかった。
自分でも頬が熱くなるのが分かる。
あかん、この子悪女や。大の男を手玉に取る悪女や。
誰や、清らかな絲さんをこんな風に育てたんは。
俺かっ。
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