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三章

21、渡しません【3】

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 はい、そんな俺の心を挫く物騒な代物をどうしますか? 答えは一つ、処分しましょう。

 というても、さすがにフォ……フォーゲット、ミー……ノットとかいう小花の手紙は奪えへん。
 うわ、脳内で考えるだけで恥ずかしい花やな。男殺しの花やで。ある意味毒があるよな。
 
 さて、ようやく絲さんは眠りについた。静かな寝息。俺はそーっと彼女の首元に耳を寄せる。
 狸寝入りやったら、唾を飲み込んだりするんやけど。その音も聞こえへん。
 うん、大丈夫や。
 
 悪いな、絲さん。俺が心のままに書きなぐった落書きは、返してもらうで。
 そーっと夏布団をめくり、規則正しく上下する胸に手を伸ばす。

 む? 寝間着の懐部分に手が入らへん。
 朧な月明りを頼りに目を凝らせば、どうやら丸めてあった紙を今は折りたたんでいるらしい。
 しかも絲さんの胸はささやかやから。平面に平面が寄り添うようなもので、たいそう取りにくい。

 もしかして寝間着を脱がさなあかんのやろか。
 俺は逡巡した。
 いや、絲さんをひん剥くのはやぶさかではない。白魚みたいな細くて華奢な体は、全然見飽きへん。けど、それで目ぇ覚ましてしもたら本末転倒や。

 まぁ、さっさと脱がしてぱっと寝間着を着せたらええやろ。
 帯紐に指を添えて、結び目を解く。
 存外、簡単にはらりと寝間着が布団に落ちた。

 あった、あった。胸の谷間……と云うのは絲さんの場合、誇大表現やけど。左右の胸の間に皺を伸ばした紙が載せてある。短歌の方は、畳んだ服と一緒に置いてあるのか、胸元にはない。

 慎重に拾い上げたのに。かさり、と音がして俺は息を呑んだ。
 寝ときやー。もう夜中やで、ええ子は目ぇ覚ましたらあかんねんで。

 紙を絲さんの胸から離したその時。彼女の指が俺の手に触れた。

「蒼一郎さん?」

 うっ。これは絶体絶命や。後で叱られる奴や。誰に怒鳴られようが(俺を怒鳴るやつはおらへんけど)怖ないけど。絲さんに叱られるんは……ちょっと怖いかもしれへん。

 俺は慌てて上体を落として、絲さんにくちづけた。

「ん……っ」

 絲さんが、しどけなく足を動かすから。彼女の膝が、俺の膝に当たった。
 しまった。寝間着を脱がせた状態で接吻なんかするんとちゃうかった。
 しかもつい癖で、舌まで入れてしもた。

「そう……いち、ろうさん」

 やめてくれ。そんな艶っぽい声で名前を呼ばんといてくれ。
 胸の間の紙だけは畳に置いて。俺は絲さんの上にのしかかった。
 ごめんな。もう夜中の零時を過ぎとうから「今日はもうせぇへん」には該当せぇへんよな。

 仰向けになった絲さんの手を握ると、しなやかな指が、俺の武骨な指に絡められた。
 ああ、可愛いなぁ。こんなにもしっかりと握ってきて。
 さすがに可哀想やから無茶はせんとこ。
 
 絲さんは夢の中におるんやで。俺が存分に愛したるから。
 
 彼女が目を覚まさないように、過激な刺激は与えない。それに今日……もう昨日になるけど、散々抱いたから負担にならんように触れるだけにしよう。自制や自制。

 細く白い彼女の首筋に、俺は顔を埋めた。うちの石鹸の匂いがする。
 唇で撫でるように、徐々にくちづけを下へと移動させる。

 絲さんは敏感やから、それだけでも身をよじらせた。そのまま胸にくちづけて、桜色の尖りを唇で挟む。
 小さくて柔らかくて、下手をしたら歯を立ててしまいそうや。

「……んっ、だめ……です」
「駄目やないで。これは夢や。ほら、空にはあんなに星が瞬いとう。絲さんは夢の中で、俺に抱かれとんや。せやから、全然恥ずかしがることない」

 まさか即興の嘘を信じ込まれるとは思わなかった。
 絲さんは瞼を閉じたままで「ええ」と微かに頷いたんや。
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