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三章
17、遅い夕餉【2】
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なんでや? 俺は混乱しとった。
いつの間にか絲さんと波多野が、つるんどう。しかも仲よさそうに目と目で通じ合って。
別にさっきまでそんな雰囲気やなかったのに。
というか、この薄焼き卵で拵えとん、豚やろ。どう見ても。
なんでこの二人は、豚のことをうさぎと言い張るんやろ。絲さんが昔くれた折り紙も、豚やったやんか。
俺は、はっとした。
もしかして、この二人目ぇ悪いんとちゃうやろか。せやから絲さんは勉強が苦手で(黒板の文字が読めてへんのかもしれへん)波多野は経理を任しとうけど、いざ戦いの場となったら危ないんとちゃうやろか。
「絲さん、波多野。これ、指何本や」
「二本です」
二人揃って仲よく声を揃えた。おもろない。
俺は部屋の端まで下がって、文箱に入っとった紙を広げて「これ読んでみ」と二人に見せた。
なぜか波多野の表情が固まった。
そして絲さんが顔を真っ赤に染めて、両頬に手を添えた。
なんや、その反応は。
慌てて広げた紙を見て、今度は俺が「ひぃ」と引きつった悲鳴を上げる番やった。
――ああ、絲さん。会いたいなぁ。絲さんが帰ってきたら接吻の雨を降らしたるのに。髪にも手にも頬にも首にもつま先にも足にも。俺は雨になりたい。貴女に優しく降りかかる、春の雨に。
「なんや、これ!」
紙をくしゃくしゃに丸めて、ごみ箱に放り投げようとしたが。俺にしては珍しく的を外した。
「誰が書いたんや!」
「いや、頭でしょ。それ以外のモンが書いたら、まずいんちゃいますか」
そら、そうや。
波多野の突っ込みは、尤もやった。
しばらく放心状態だった絲さんは、なぜかいそいそとゴミ箱の近くにいざり寄って、その紙の球を手に取った。
そのまま捨てるんかと思うたのに、このお嬢さんはあろうことか、紙を開いて皺を伸ばして畳み直している。
「あのー、絲さん。それはゴミやで」
「違います。蒼一郎さんがわたしに宛てた恋文です」
「ちゃう! そんな品のない恋文なんかあるか」
すると、絲さんはどこから取り出したんか、昼間に俺が仕方なしに渡した恋文を手にしとった。っていうか、ほんまどこに隠しとったん?
青い小花を漉き込んだ紙と、さっきの皺の寄った紙。それを大事そうに抱きしめている。
「どっちもわたしのです。蒼一郎さんが手放したから、権利がわたしに移ったんです」
うわー、絲さんやのに難しいこと言いよるわ。女學校で習たんか? さすがに西洋の宣教師が教鞭を取るだけのことはあるわ。
まぁ、ええ。俺は気を取り直して、晩飯を食うことにした。
「ほら、絲さん。せっかくの料理が冷めてしまうで」
「わたし、お膳を縁側に運んでもいいですか」
「……警戒しすぎやろ」
ほんまに困った子ぉやで。俺はゴミ箱の側にちんまりと座る絲さんを抱え上げて、俺の隣に敷いてある座布団に座らせた。
「絲さんの場所はここ。それは絲さんの手紙。それでええやろ」
「……はい」
ええなぁ。当たり前のようにこうして隣に並んでくれて。しかも彼女の方から、俺の元に戻ってきたいって言うてくれて。
俺はほんまに果報者やな。
絲さんの望みやったら、何でも叶えてやりたいわ。
けど、彼女が寝とう時に、さっきの紙は奪い返したろ。それとこれとは話が別や。
いつの間にか絲さんと波多野が、つるんどう。しかも仲よさそうに目と目で通じ合って。
別にさっきまでそんな雰囲気やなかったのに。
というか、この薄焼き卵で拵えとん、豚やろ。どう見ても。
なんでこの二人は、豚のことをうさぎと言い張るんやろ。絲さんが昔くれた折り紙も、豚やったやんか。
俺は、はっとした。
もしかして、この二人目ぇ悪いんとちゃうやろか。せやから絲さんは勉強が苦手で(黒板の文字が読めてへんのかもしれへん)波多野は経理を任しとうけど、いざ戦いの場となったら危ないんとちゃうやろか。
「絲さん、波多野。これ、指何本や」
「二本です」
二人揃って仲よく声を揃えた。おもろない。
俺は部屋の端まで下がって、文箱に入っとった紙を広げて「これ読んでみ」と二人に見せた。
なぜか波多野の表情が固まった。
そして絲さんが顔を真っ赤に染めて、両頬に手を添えた。
なんや、その反応は。
慌てて広げた紙を見て、今度は俺が「ひぃ」と引きつった悲鳴を上げる番やった。
――ああ、絲さん。会いたいなぁ。絲さんが帰ってきたら接吻の雨を降らしたるのに。髪にも手にも頬にも首にもつま先にも足にも。俺は雨になりたい。貴女に優しく降りかかる、春の雨に。
「なんや、これ!」
紙をくしゃくしゃに丸めて、ごみ箱に放り投げようとしたが。俺にしては珍しく的を外した。
「誰が書いたんや!」
「いや、頭でしょ。それ以外のモンが書いたら、まずいんちゃいますか」
そら、そうや。
波多野の突っ込みは、尤もやった。
しばらく放心状態だった絲さんは、なぜかいそいそとゴミ箱の近くにいざり寄って、その紙の球を手に取った。
そのまま捨てるんかと思うたのに、このお嬢さんはあろうことか、紙を開いて皺を伸ばして畳み直している。
「あのー、絲さん。それはゴミやで」
「違います。蒼一郎さんがわたしに宛てた恋文です」
「ちゃう! そんな品のない恋文なんかあるか」
すると、絲さんはどこから取り出したんか、昼間に俺が仕方なしに渡した恋文を手にしとった。っていうか、ほんまどこに隠しとったん?
青い小花を漉き込んだ紙と、さっきの皺の寄った紙。それを大事そうに抱きしめている。
「どっちもわたしのです。蒼一郎さんが手放したから、権利がわたしに移ったんです」
うわー、絲さんやのに難しいこと言いよるわ。女學校で習たんか? さすがに西洋の宣教師が教鞭を取るだけのことはあるわ。
まぁ、ええ。俺は気を取り直して、晩飯を食うことにした。
「ほら、絲さん。せっかくの料理が冷めてしまうで」
「わたし、お膳を縁側に運んでもいいですか」
「……警戒しすぎやろ」
ほんまに困った子ぉやで。俺はゴミ箱の側にちんまりと座る絲さんを抱え上げて、俺の隣に敷いてある座布団に座らせた。
「絲さんの場所はここ。それは絲さんの手紙。それでええやろ」
「……はい」
ええなぁ。当たり前のようにこうして隣に並んでくれて。しかも彼女の方から、俺の元に戻ってきたいって言うてくれて。
俺はほんまに果報者やな。
絲さんの望みやったら、何でも叶えてやりたいわ。
けど、彼女が寝とう時に、さっきの紙は奪い返したろ。それとこれとは話が別や。
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