上 下
84 / 257
三章

17、遅い夕餉【2】

しおりを挟む
 なんでや? 俺は混乱しとった。
 いつの間にか絲さんと波多野が、つるんどう。しかも仲よさそうに目と目で通じ合って。
 別にさっきまでそんな雰囲気やなかったのに。

 というか、この薄焼き卵で拵えとん、豚やろ。どう見ても。
 なんでこの二人は、豚のことをうさぎと言い張るんやろ。絲さんが昔くれた折り紙も、豚やったやんか。

 俺は、はっとした。
 もしかして、この二人目ぇ悪いんとちゃうやろか。せやから絲さんは勉強が苦手で(黒板の文字が読めてへんのかもしれへん)波多野は経理を任しとうけど、いざ戦いの場となったら危ないんとちゃうやろか。

「絲さん、波多野。これ、指何本や」
「二本です」

 二人揃って仲よく声を揃えた。おもろない。
 俺は部屋の端まで下がって、文箱に入っとった紙を広げて「これ読んでみ」と二人に見せた。
 
 なぜか波多野の表情が固まった。
 そして絲さんが顔を真っ赤に染めて、両頬に手を添えた。
 なんや、その反応は。

 慌てて広げた紙を見て、今度は俺が「ひぃ」と引きつった悲鳴を上げる番やった。

――ああ、絲さん。会いたいなぁ。絲さんが帰ってきたら接吻の雨を降らしたるのに。髪にも手にも頬にも首にもつま先にも足にも。俺は雨になりたい。貴女に優しく降りかかる、春の雨に。

「なんや、これ!」

 紙をくしゃくしゃに丸めて、ごみ箱に放り投げようとしたが。俺にしては珍しく的を外した。

「誰が書いたんや!」
「いや、カシラでしょ。それ以外のモンが書いたら、まずいんちゃいますか」

 そら、そうや。
 波多野の突っ込みは、尤もやった。

 しばらく放心状態だった絲さんは、なぜかいそいそとゴミ箱の近くにいざり寄って、その紙の球を手に取った。

 そのまま捨てるんかと思うたのに、このお嬢さんはあろうことか、紙を開いて皺を伸ばして畳み直している。

「あのー、絲さん。それはゴミやで」
「違います。蒼一郎さんがわたしに宛てた恋文です」
「ちゃう! そんな品のない恋文なんかあるか」

 すると、絲さんはどこから取り出したんか、昼間に俺が仕方なしに渡した恋文を手にしとった。っていうか、ほんまどこに隠しとったん?

 青い小花を漉き込んだ紙と、さっきの皺の寄った紙。それを大事そうに抱きしめている。

「どっちもわたしのです。蒼一郎さんが手放したから、権利がわたしに移ったんです」

 うわー、絲さんやのに難しいこと言いよるわ。女學校でなろたんか? さすがに西洋の宣教師が教鞭を取るだけのことはあるわ。

 まぁ、ええ。俺は気を取り直して、晩飯を食うことにした。

「ほら、絲さん。せっかくの料理が冷めてしまうで」
「わたし、お膳を縁側に運んでもいいですか」
「……警戒しすぎやろ」

 ほんまに困った子ぉやで。俺はゴミ箱の側にちんまりと座る絲さんを抱え上げて、俺の隣に敷いてある座布団に座らせた。

「絲さんの場所はここ。それは絲さんの手紙。それでええやろ」
「……はい」

 ええなぁ。当たり前のようにこうして隣に並んでくれて。しかも彼女の方から、俺の元に戻ってきたいって言うてくれて。
 俺はほんまに果報者やな。
 絲さんの望みやったら、何でも叶えてやりたいわ。

 けど、彼女が寝とう時に、さっきの紙は奪い返したろ。それとこれとは話が別や。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件

百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。 そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。 いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。) それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる! いいんだけど触りすぎ。 お母様も呆れからの憎しみも・・・ 溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。 デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。 アリサはの気持ちは・・・。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【続】18禁の乙女ゲームから現実へ~常に義兄弟にエッチな事されてる私。

KUMA
恋愛
※続けて書こうと思ったのですが、ゲームと分けた方が面白いと思って続編です。※ 前回までの話 18禁の乙女エロゲームの悪役令嬢のローズマリアは知らないうち新しいルート義兄弟からの監禁調教ルートへ突入途中王子の監禁調教もあったが義兄弟の頭脳勝ちで…ローズマリアは快楽淫乱ENDにと思った。 だが事故に遭ってずっと眠っていて、それは転生ではなく夢世界だった。 ある意味良かったのか悪かったのか分からないが… 万李唖は本当の自分の体に、戻れたがローズマリアの淫乱な体の感覚が忘れられずにBLゲーム最中1人でエッチな事を… それが元で同居中の義兄弟からエッチな事をされついに…… 新婚旅行中の姉夫婦は後1週間も帰って来ない… おまけに学校は夏休みで…ほぼ毎日攻められ万李唖は現実でも義兄弟から……

【完結】一夜の関係を結んだ相手の正体はスパダリヤクザでした~甘い執着で離してくれません!~

中山紡希
恋愛
ある出来事をキッカケに出会った容姿端麗な男の魅力に抗えず、一夜の関係を結んだ萌音。 翌朝目を覚ますと「俺の嫁になれ」と言い寄られる。 けれど、その上半身には昨晩は気付かなかった刺青が彫られていて……。 「久我組の若頭だ」 一夜の関係を結んだ相手は……ヤクザでした。 ※R18 ※性的描写ありますのでご注意ください

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

妹に呪われてモフモフにされたら、王子に捕まった

秋月乃衣
恋愛
「お姉様、貴女の事がずっと嫌いでした」 満月の夜。王宮の庭園で、妹に呪いをかけられた公爵令嬢リディアは、ウサギの姿に変えられてしまった。 声を発する事すら出来ず、途方に暮れながら王宮の庭園を彷徨っているリディアを拾ったのは……王太子、シオンだった。 ※サクッと読んでいただけるように短め。 そのうち後日談など書きたいです。 他サイト様でも公開しております。

処理中です...