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二章

22、なぜ照れるのです?

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 蒼一郎さんが、わたしをご自分の膝に座らせたのは、お話があるからのようでした。

 わたしの三つ編みの髪を手に取り、その毛先で蒼一郎さんはわたしの頬を撫でます。
 あのー、くすぐったいんですけど。

「柔らかい髪やな。それに日が当たったら栗色や」
「は、はぁ」

 しばらく三つ編みを弄んだ後、蒼一郎さんは小さなため息をつきました。

「学校な、どうする? 明日からやろ」
「家に帰らないのでしたら、ここから通わせてもらってもいいですか?」
「そら、ええけど」

 蒼一郎さんは、わたしのおでこに手を当てます。そして「まぁ大丈夫やろ。けど、薬はちゃんと学校に持っていくんやで」と念を押しました。

 粉薬ですか。考えるだけでため息が出てしまいます。オブラート、持って行けるかしら。

◇◇◇

 その日の夜、わたしは風呂敷に月曜日の時間割を揃えて入れました。
 朝いちばんにある御ミサ、それから苦手な英文法に英文学、体育は内容によっては見学させてもらうことが多いですけれど。体操着とブルマは入れておきましょう。
 
 座敷に二つ並んだ布団に腰を下ろして、蒼一郎さんは難しそうなご本を読んでいらっしゃいます。
 そして指折り、何かを数えているようなの。
 五本指を折り、次に七本。でも、その次は指を六本折って、首を傾げています。

「どうかなさったんですか?」
「いや、何でもない」

 でも、またすぐに同じように指折り数えているの。
 気になるじゃないですか。
 わたしは、蒼一郎さんの顔を見上げました。

「数がな、合わへんねん。どうしても余ってしまうんや」
「指の数ですか」
「自分、物騒なこと言うなぁ」

 蒼一郎さんはわたしに背中を向けると、また指折り何かを数えています。
 シノギとかいう稼ぎのことかしら。
 でもお金に関することなら、指ではなくそろばんを使った方がいいように思うんですけど。
 
 それに組長自らが、お金の計算をしなくても経理担当の人がいるんじゃないかしら。

「結社とか、入った方がええんやろか」

 ぼそっと呟くその声に、わたしは瞬きを繰り返しました。
 秘密結社ですか? 怪しすぎませんか。
 いえ、ヤクザや任侠というのも、ある意味秘密結社かもしれませんけど。
 でも、秘密結社って取り締まられるのでは? 憲兵さんに捕まってしまいますよ。

「結社なぁ。俺みたいなんが入ったら迷惑やろしなぁ」
「むしろ主催側ではないんですか?」

 わたしの顔をまじまじと見つめた蒼一郎さんが、急に頬を赤らめます。なぜ?

「絲さん。褒めすぎやで」
「え?」
「あかん、そんなん褒めて有頂天にさせんといて」

 ばしばしと強い力で肩を叩かれて、わたしはころりと畳に転がりました。
 痛いです。肩がじんじんとしています。
 蒼一郎さんの行動が理解できなくて、わたしは畳に横たわったままになっていました。

「うわ、ごめんな。力加減ができへんかった」

 蒼一郎さんは、わたしの両脇に手をさし入れると、体を起こしてくださいました。
 そしてそのまま膝に座らされます。

 謎です。
 わたしは蒼一郎さんの肩に顔を埋めて、秘密結社のことを考えていました。
 ヤクザの皆さんなら、おとなしく捕まることもないと思いますが。でも憲兵さんは怖いですし、拷問だってお手の物ですよ。
 
 想像の中で、蒼一郎さんは牢屋に入れられ、鞭打たれてぼろ雑巾のようになって、口の端からは血を流して……あぁ、なんて可哀想。
 わたしは面会に行くのに、会わせてももらえないのね。

「絲さん。なんで泣いとん? 肩、そないに痛かったんか」
「蒼一郎さんが、あまりにも哀れで」
「……どう反応してええんか分からへんな」

 目に涙を滲ませたわたしの背中を左手でさすりながら、蒼一郎さんはまた右手の指を折って数を数えています。
 何やらぶつぶつと呪文のように呟きながら。
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