39 / 257
二章
11、朝のお風呂【1】
しおりを挟む
障子から差し込む光が、瞼を透かして橙色に見えました。
もう朝なのね。
わたしがもぞもぞと動いたせいでしょうか。蒼一郎さんが、ゆっくりと瞼を開いたの。
「ああ、絲さん。いてくれたんか、よかった」
「い、いますけど。その……」
「逃げとったら、どうしよかと思た。まぁ、絲さんは怖がりやから、暗闇で逃げたりせぇへんやろけど」
目を細めて、蒼一郎さんが意地悪く微笑みます。
急に、昨夜の廊下でのあれこれを思い出してしまいました。
怖いですよ。幽霊が出るなんて脅されたり。(蒼一郎さんに言わせれば「幽霊」とは言うてへん、となるんですけど)
暗い廊下で強面のヤクザに取り囲まれたり。
しかも最後は、告白するように脅されたんですよ。
わたし、恋ってもっとふんわりと甘い物だと思っていたの。
なのにどうして告白を強要されるんでしょう。
これってわたしが世間知らずだから? それとも蒼一郎さんがおかしいの?
「汗かいて、気持ち悪いやろ。風呂に入り」
「え、でも」
「絲さんは、遠慮せぇへんよな」
眼光鋭く睨まれて、わたしは無言でうなずくしかなかったの。
蒼一郎さん、やっぱり時々とても怖いんですけど。
◇◇◇
三條邸のお風呂は、一人で入るにはとても広くて、まるで温泉旅館のようです。
湯船の檜の香りもよくて、高いところにある窓からは朝の日差しが眩いくらい。
「入るで。絲さん」
ガラリと戸が開いて、蒼一郎さんが浴室に入ってきました。
え、待って。聞いてませんよ。一緒に入るだなんて。
わたしは慌てて背中を向けました。でも、水にぬれた足音は構わずに近づいてきます。
恐る恐る肩越しに振り返ると、蒼一郎さんはいつのまに着がえたのか、シャツの袖をめくり、灰色のズボンの裾も上げていました。
お風呂に入りに来たのではないのかしら?
そんな疑問が浮かんだけれど、自分だけが裸なので、わたしは慌てて首まで湯に浸かりました。
「ほら、上がってき。湯あたりするで」
「そ、蒼一郎さんがいるのに、上がれるはずありません」
「なんでやねん」
蒼一郎さんは、なぜかため息をつきました。ため息をつかれる理由が分からないんですけど。
「俺に裸を見られるんは、初めてやないやろ」
「そういう問題ではないです」
「……ほんまにお嬢さんやな。困った子ぉやで」
蒼一郎さんは湯船の中に両腕を突っ込んだと思うと、一気にわたしの体をお湯から引き上げました。
お湯が肌を伝って流れます。
「えっ。やだ。やめてください」
「はいはい。分かった、分かった」
何も分かってないですよ。肘からも足からもお湯を滴らせるわたしを抱き上げて、蒼一郎さんの服はすでにびしょ濡れです。
「なんで体を洗うくらいで、そないに暴れるんや。自分、猫か?」
「この状況でおとなしくしている方が、おかしいでしょ」
「さぁ?」と蒼一郎さんは首をかしげます。素っ裸のわたしを抱き上げたままで、湯気のこもった天井を眺め、何事かを考えているようです。
「俺は女性を囲ったことがないからな。何が正解か、よう分からんわ」
わたしだって分からないですよ。
こんな風に男性に抱き上げられることも、体に触れられることも初めてで。
どうしていいか、分からなくなるの。
もう朝なのね。
わたしがもぞもぞと動いたせいでしょうか。蒼一郎さんが、ゆっくりと瞼を開いたの。
「ああ、絲さん。いてくれたんか、よかった」
「い、いますけど。その……」
「逃げとったら、どうしよかと思た。まぁ、絲さんは怖がりやから、暗闇で逃げたりせぇへんやろけど」
目を細めて、蒼一郎さんが意地悪く微笑みます。
急に、昨夜の廊下でのあれこれを思い出してしまいました。
怖いですよ。幽霊が出るなんて脅されたり。(蒼一郎さんに言わせれば「幽霊」とは言うてへん、となるんですけど)
暗い廊下で強面のヤクザに取り囲まれたり。
しかも最後は、告白するように脅されたんですよ。
わたし、恋ってもっとふんわりと甘い物だと思っていたの。
なのにどうして告白を強要されるんでしょう。
これってわたしが世間知らずだから? それとも蒼一郎さんがおかしいの?
「汗かいて、気持ち悪いやろ。風呂に入り」
「え、でも」
「絲さんは、遠慮せぇへんよな」
眼光鋭く睨まれて、わたしは無言でうなずくしかなかったの。
蒼一郎さん、やっぱり時々とても怖いんですけど。
◇◇◇
三條邸のお風呂は、一人で入るにはとても広くて、まるで温泉旅館のようです。
湯船の檜の香りもよくて、高いところにある窓からは朝の日差しが眩いくらい。
「入るで。絲さん」
ガラリと戸が開いて、蒼一郎さんが浴室に入ってきました。
え、待って。聞いてませんよ。一緒に入るだなんて。
わたしは慌てて背中を向けました。でも、水にぬれた足音は構わずに近づいてきます。
恐る恐る肩越しに振り返ると、蒼一郎さんはいつのまに着がえたのか、シャツの袖をめくり、灰色のズボンの裾も上げていました。
お風呂に入りに来たのではないのかしら?
そんな疑問が浮かんだけれど、自分だけが裸なので、わたしは慌てて首まで湯に浸かりました。
「ほら、上がってき。湯あたりするで」
「そ、蒼一郎さんがいるのに、上がれるはずありません」
「なんでやねん」
蒼一郎さんは、なぜかため息をつきました。ため息をつかれる理由が分からないんですけど。
「俺に裸を見られるんは、初めてやないやろ」
「そういう問題ではないです」
「……ほんまにお嬢さんやな。困った子ぉやで」
蒼一郎さんは湯船の中に両腕を突っ込んだと思うと、一気にわたしの体をお湯から引き上げました。
お湯が肌を伝って流れます。
「えっ。やだ。やめてください」
「はいはい。分かった、分かった」
何も分かってないですよ。肘からも足からもお湯を滴らせるわたしを抱き上げて、蒼一郎さんの服はすでにびしょ濡れです。
「なんで体を洗うくらいで、そないに暴れるんや。自分、猫か?」
「この状況でおとなしくしている方が、おかしいでしょ」
「さぁ?」と蒼一郎さんは首をかしげます。素っ裸のわたしを抱き上げたままで、湯気のこもった天井を眺め、何事かを考えているようです。
「俺は女性を囲ったことがないからな。何が正解か、よう分からんわ」
わたしだって分からないですよ。
こんな風に男性に抱き上げられることも、体に触れられることも初めてで。
どうしていいか、分からなくなるの。
0
お気に入りに追加
694
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件
百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。
そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。
いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。)
それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる!
いいんだけど触りすぎ。
お母様も呆れからの憎しみも・・・
溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。
デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。
アリサはの気持ちは・・・。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【続】18禁の乙女ゲームから現実へ~常に義兄弟にエッチな事されてる私。
KUMA
恋愛
※続けて書こうと思ったのですが、ゲームと分けた方が面白いと思って続編です。※
前回までの話
18禁の乙女エロゲームの悪役令嬢のローズマリアは知らないうち新しいルート義兄弟からの監禁調教ルートへ突入途中王子の監禁調教もあったが義兄弟の頭脳勝ちで…ローズマリアは快楽淫乱ENDにと思った。
だが事故に遭ってずっと眠っていて、それは転生ではなく夢世界だった。
ある意味良かったのか悪かったのか分からないが…
万李唖は本当の自分の体に、戻れたがローズマリアの淫乱な体の感覚が忘れられずにBLゲーム最中1人でエッチな事を…
それが元で同居中の義兄弟からエッチな事をされついに……
新婚旅行中の姉夫婦は後1週間も帰って来ない…
おまけに学校は夏休みで…ほぼ毎日攻められ万李唖は現実でも義兄弟から……
【完結】一夜の関係を結んだ相手の正体はスパダリヤクザでした~甘い執着で離してくれません!~
中山紡希
恋愛
ある出来事をキッカケに出会った容姿端麗な男の魅力に抗えず、一夜の関係を結んだ萌音。
翌朝目を覚ますと「俺の嫁になれ」と言い寄られる。
けれど、その上半身には昨晩は気付かなかった刺青が彫られていて……。
「久我組の若頭だ」
一夜の関係を結んだ相手は……ヤクザでした。
※R18
※性的描写ありますのでご注意ください
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
苺の誘惑 ~御曹司副社長の甘い計略~
泉南佳那
恋愛
来栖エリカ26歳✖️芹澤宗太27歳
売れないタレントのエリカのもとに
破格のギャラの依頼が……
ちょっと怪しげな黒の高級国産車に乗せられて
ついた先は、巷で話題のニュースポット
サニーヒルズビレッジ!
そこでエリカを待ちうけていたのは
極上イケメン御曹司の副社長。
彼からの依頼はなんと『偽装恋人』!
そして、これから2カ月あまり
サニーヒルズレジデンスの彼の家で
ルームシェアをしてほしいというものだった!
一緒に暮らすうちに、エリカは本気で彼に恋をしてしまい
とうとう苦しい胸の内を告げることに……
***
ラグジュアリーな再開発都市を舞台に繰り広げられる
御曹司と売れないタレントの恋
はたして、その結末は⁉︎
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる