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一章
23、夕暮れの添い寝【2】
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絲さんが俺に手をつなげと言うてきた。
感動や。
俺は彼女の言葉の余韻を味わいながら、瞼を閉じた。
しかも俺が手をつないだら、安心して眠れるらしい。生まれて三十年。これまで顔が怖いとか、黙っとったら威圧感がすごいとか、幼児と目が合うただけで泣かれたりとか、女學生に避けられたりとか数え上げたらキリがないが。
まさか、そんな俺が女學生の……絲さんの癒しになるやなんて。光栄や。光栄すぎて涙が出そうや。
「ええで、なんぼでも手ぇつないだる。なんやったら両手をつなごか」
「それは……多分、寝づらいと思うんです」
なんや、遠慮して。可愛いな。
しょうがないから、俺は右手を絲さんの手とつないだ。
やっぱり小さくて薄い手や。
ああ、力をちょっと入れたら折れてしまいそうやんか。
「他になんかしてほしいこととか、あるか?」
もう一回、あんたの体中に接吻でも何でもええで。
まぁ、その言葉はさすがに飲み込んだけどな。
「じゃあ、頭を撫でてください」
「猫か、あんたは」
呆れた声で応じると、絲さんは「ふふっ」と小さく笑った。
ほんまは接吻でも愛撫でもしたかったけど。しゃあないな。ここは紳士ぶって、頭を撫でたるわ。
柔らかい髪を時おりすくいながら、俺は絲さんの頭を撫でた。
瞼を閉じた絲さんの呼吸が、しだいにゆっくりになっていく。
熱が引いて楽になったんと、俺が無茶をして感じさせたから疲れたんと両方やろ。絲さんはすぐに眠りに落ちた。
これが今日一日だけのことやのうて、ずっと一生続いたらええのに。
ほんのちょっとしたことで熱を出すくらいやし、遠野の爺さんもよう心配しとったから。絲さんは体がほんまに弱いんやろ。
「うちはこんな環境やけどな。俺が守ったるで」
返事はない。それをいいことに、俺は夢みたいな未来を語り始めた。
「子どもも欲しいなぁ。絲さんに出産は危険かもしれへんけど、あんたとの子どもはきっと男の子でも女の子でも可愛いやろな」
あ、でも俺には似てほしないな。
いや、でもそうなったらヤクザには向かへんか。
「頭。失礼します」
座敷に入ってきた組員が、絲さんの添い寝をしている俺を見て、目を丸くした。
修羅場もくぐってきたやろに、添い寝くらいで驚かんでもええやろ。
「……頭が、頭を撫でとってや」
妙な言い回しは、やめてくれ。
◇◇◇
わたしが目を覚ました時、辺りはとっぷりと暮れていました。
「起きたか?」
行灯の明かりに照らされて、蒼一郎さんの顔がぼんやりと見えます。
「ずっと一緒にいてくださったんですか?」
「せやな。絲さんが俺の手を離してくれへんかったから。仕方なくな」
見れば、わたしの指が蒼一郎さんの大きな手をしっかりと握りしめています。
「あっ。ごめんなさい。無意識なんです」
「無意識でも離したなかったんか?」
「わ、分かりませんけど」
「でも、離さんかったよな」
ううっ。追い詰めないでください。
わたしはきつく瞼を閉じたのに、蒼一郎さんは屈みこんでわたしのひたいに接吻しました。
手や指は固いのに、優しく触れる唇は柔らかくて。不思議な心地です。
「食事を持ってこさせるわ。一緒に食べよか」
「……はい」
わたしは素直にうなずきました。
考えてみれば、午後に木苺を食べてお薬を飲んだっきりだもの。
小さくお腹が鳴って、思わず両手で顔を隠しました。なんて恥ずかしいの。
感動や。
俺は彼女の言葉の余韻を味わいながら、瞼を閉じた。
しかも俺が手をつないだら、安心して眠れるらしい。生まれて三十年。これまで顔が怖いとか、黙っとったら威圧感がすごいとか、幼児と目が合うただけで泣かれたりとか、女學生に避けられたりとか数え上げたらキリがないが。
まさか、そんな俺が女學生の……絲さんの癒しになるやなんて。光栄や。光栄すぎて涙が出そうや。
「ええで、なんぼでも手ぇつないだる。なんやったら両手をつなごか」
「それは……多分、寝づらいと思うんです」
なんや、遠慮して。可愛いな。
しょうがないから、俺は右手を絲さんの手とつないだ。
やっぱり小さくて薄い手や。
ああ、力をちょっと入れたら折れてしまいそうやんか。
「他になんかしてほしいこととか、あるか?」
もう一回、あんたの体中に接吻でも何でもええで。
まぁ、その言葉はさすがに飲み込んだけどな。
「じゃあ、頭を撫でてください」
「猫か、あんたは」
呆れた声で応じると、絲さんは「ふふっ」と小さく笑った。
ほんまは接吻でも愛撫でもしたかったけど。しゃあないな。ここは紳士ぶって、頭を撫でたるわ。
柔らかい髪を時おりすくいながら、俺は絲さんの頭を撫でた。
瞼を閉じた絲さんの呼吸が、しだいにゆっくりになっていく。
熱が引いて楽になったんと、俺が無茶をして感じさせたから疲れたんと両方やろ。絲さんはすぐに眠りに落ちた。
これが今日一日だけのことやのうて、ずっと一生続いたらええのに。
ほんのちょっとしたことで熱を出すくらいやし、遠野の爺さんもよう心配しとったから。絲さんは体がほんまに弱いんやろ。
「うちはこんな環境やけどな。俺が守ったるで」
返事はない。それをいいことに、俺は夢みたいな未来を語り始めた。
「子どもも欲しいなぁ。絲さんに出産は危険かもしれへんけど、あんたとの子どもはきっと男の子でも女の子でも可愛いやろな」
あ、でも俺には似てほしないな。
いや、でもそうなったらヤクザには向かへんか。
「頭。失礼します」
座敷に入ってきた組員が、絲さんの添い寝をしている俺を見て、目を丸くした。
修羅場もくぐってきたやろに、添い寝くらいで驚かんでもええやろ。
「……頭が、頭を撫でとってや」
妙な言い回しは、やめてくれ。
◇◇◇
わたしが目を覚ました時、辺りはとっぷりと暮れていました。
「起きたか?」
行灯の明かりに照らされて、蒼一郎さんの顔がぼんやりと見えます。
「ずっと一緒にいてくださったんですか?」
「せやな。絲さんが俺の手を離してくれへんかったから。仕方なくな」
見れば、わたしの指が蒼一郎さんの大きな手をしっかりと握りしめています。
「あっ。ごめんなさい。無意識なんです」
「無意識でも離したなかったんか?」
「わ、分かりませんけど」
「でも、離さんかったよな」
ううっ。追い詰めないでください。
わたしはきつく瞼を閉じたのに、蒼一郎さんは屈みこんでわたしのひたいに接吻しました。
手や指は固いのに、優しく触れる唇は柔らかくて。不思議な心地です。
「食事を持ってこさせるわ。一緒に食べよか」
「……はい」
わたしは素直にうなずきました。
考えてみれば、午後に木苺を食べてお薬を飲んだっきりだもの。
小さくお腹が鳴って、思わず両手で顔を隠しました。なんて恥ずかしいの。
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