上 下
17 / 257
一章

16、木苺と粉薬【3】

しおりを挟む
「ほら、薬を貸してみ」
「平気ですって。自分で飲めますから」
「飲んでへんから、言うとんや」

 蒼一郎さんは開いた状態の薬包の端と端を抓んで、薬をこぼさぬように器用に奪い取りました。

「もう熱は下がりました」
「嘘ついたらあかんで」

 蒼一郎さんは薬包を持った手を上の方にあげてしまうので、わたしには到底届きません。
 羽織の袂を掴んで、どんなに引っ張っても、腕を下ろさせることはできないのです。

 部屋を覗きに来た男の人が「カシラが、痴話喧嘩をしとう」と妙なことを呟きました。

 立ち上がって薬を取ろうした時、わたしは足がふらついてしゃがみこんでしまったの。

「無茶するからや」
「……平気だと思ったんです」

 背中を支えられたわたしは、蒼一郎さんの膝に横向きに座る格好になりました。

「ほら、口をひらき」

 どうやら今度は木苺の代わりに、薬が入ってきそう。
 嫌だし、苦いのは大嫌いだけど、どうやら薬を飲まないと解放されないのは薄々勘付きました。ええ、そこまで鈍くはないんです。

 観念して口を開くと、さらさらと粉が入ってきました。今度は目を瞑っていても、注意されませんでした。

 息をすると噎せるから我慢していると、唇に何かが触れました。
 蒼一郎さんの指? ううん、違うわ。もっと柔らかくて、この感覚は……唇?

 突然接吻されて、わたしは驚いて目を見開きました。

 目の前に、蒼一郎さんの顔があるの。
 硬そうな短めの黒髪がまず視界に入って、それから形のいい眉と、閉じた瞼。睫毛は濃くも長くもなくて……肌の色が濃いんです。

 すぐに、口の中に水が流れ込んできました。舌の上で溜まっていた薬が、喉の奥へと入っていくのが分かったわ。

 混乱していて薬が苦いのかどうかなんて、判断することすらできません。
 
 蒼一郎さんがゆっくりと瞼を開きます。
 その黒い瞳に、びっくりした顔のわたしが映っています。

 それまで聞こえていたはずの、時計の針の音が消えてしまいました。
 世界がまるで無音になってしまったかのよう。

 ただ、湿った土の匂いと、今も残る皐月苺の匂いだけを感じたの。

「絲さん」

 蒼一郎さんの大きな手が、わたしの両頬に添えられます。
 そのまま唇を重ねられ……いいえ、唇を開かされました。

 薬の苦味の残るくちづけ。嫌いな味なのに、まるでいたわる様に口内を舌で撫でられて。
 わたしは蒼一郎さんの左右の腕を握りしめたわ。

「俺の嫁になるやろ?」
「そん……な、の」

 分かりません。今すぐに決める事なんてできやしないです。
 上級生のお姉さま方は、夫となる人の顔も知らぬままに嫁ぐ人が多いわ。

 でも、許嫁がいると、その許嫁本人から聞かされて。「はい、分かりました」なんて答えることなんてできません。

 蒼一郎さんのくちづけは、ますます激しさを増します。
 背中を支えられていなかったら、きっとわたしは布団に倒れこんでいたことでしょう。
 
「絲さん。返事は?」

 首を振ることもうなずくこともできませんでした。

「返事できへんのか? 俺の嫁には、なれへんのか?」
「あなたのことは、さっき知ったばかりです」
「さっき? もう二時間近くは経っとう」

 それを「さっき」って言うんです。

 突然、腰紐が解かれました。
 待って。待ってください。そもそも襦袢姿なのも、たいそう恥ずかしいのに。
 どうして蒼一郎さんは、腰紐を解いたりするの?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件

百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。 そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。 いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。) それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる! いいんだけど触りすぎ。 お母様も呆れからの憎しみも・・・ 溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。 デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。 アリサはの気持ちは・・・。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【続】18禁の乙女ゲームから現実へ~常に義兄弟にエッチな事されてる私。

KUMA
恋愛
※続けて書こうと思ったのですが、ゲームと分けた方が面白いと思って続編です。※ 前回までの話 18禁の乙女エロゲームの悪役令嬢のローズマリアは知らないうち新しいルート義兄弟からの監禁調教ルートへ突入途中王子の監禁調教もあったが義兄弟の頭脳勝ちで…ローズマリアは快楽淫乱ENDにと思った。 だが事故に遭ってずっと眠っていて、それは転生ではなく夢世界だった。 ある意味良かったのか悪かったのか分からないが… 万李唖は本当の自分の体に、戻れたがローズマリアの淫乱な体の感覚が忘れられずにBLゲーム最中1人でエッチな事を… それが元で同居中の義兄弟からエッチな事をされついに…… 新婚旅行中の姉夫婦は後1週間も帰って来ない… おまけに学校は夏休みで…ほぼ毎日攻められ万李唖は現実でも義兄弟から……

【完結】一夜の関係を結んだ相手の正体はスパダリヤクザでした~甘い執着で離してくれません!~

中山紡希
恋愛
ある出来事をキッカケに出会った容姿端麗な男の魅力に抗えず、一夜の関係を結んだ萌音。 翌朝目を覚ますと「俺の嫁になれ」と言い寄られる。 けれど、その上半身には昨晩は気付かなかった刺青が彫られていて……。 「久我組の若頭だ」 一夜の関係を結んだ相手は……ヤクザでした。 ※R18 ※性的描写ありますのでご注意ください

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

妹に呪われてモフモフにされたら、王子に捕まった

秋月乃衣
恋愛
「お姉様、貴女の事がずっと嫌いでした」 満月の夜。王宮の庭園で、妹に呪いをかけられた公爵令嬢リディアは、ウサギの姿に変えられてしまった。 声を発する事すら出来ず、途方に暮れながら王宮の庭園を彷徨っているリディアを拾ったのは……王太子、シオンだった。 ※サクッと読んでいただけるように短め。 そのうち後日談など書きたいです。 他サイト様でも公開しております。

処理中です...