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一章
16、木苺と粉薬【3】
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「ほら、薬を貸してみ」
「平気ですって。自分で飲めますから」
「飲んでへんから、言うとんや」
蒼一郎さんは開いた状態の薬包の端と端を抓んで、薬をこぼさぬように器用に奪い取りました。
「もう熱は下がりました」
「嘘ついたらあかんで」
蒼一郎さんは薬包を持った手を上の方にあげてしまうので、わたしには到底届きません。
羽織の袂を掴んで、どんなに引っ張っても、腕を下ろさせることはできないのです。
部屋を覗きに来た男の人が「頭が、痴話喧嘩をしとう」と妙なことを呟きました。
立ち上がって薬を取ろうした時、わたしは足がふらついてしゃがみこんでしまったの。
「無茶するからや」
「……平気だと思ったんです」
背中を支えられたわたしは、蒼一郎さんの膝に横向きに座る格好になりました。
「ほら、口を開き」
どうやら今度は木苺の代わりに、薬が入ってきそう。
嫌だし、苦いのは大嫌いだけど、どうやら薬を飲まないと解放されないのは薄々勘付きました。ええ、そこまで鈍くはないんです。
観念して口を開くと、さらさらと粉が入ってきました。今度は目を瞑っていても、注意されませんでした。
息をすると噎せるから我慢していると、唇に何かが触れました。
蒼一郎さんの指? ううん、違うわ。もっと柔らかくて、この感覚は……唇?
突然接吻されて、わたしは驚いて目を見開きました。
目の前に、蒼一郎さんの顔があるの。
硬そうな短めの黒髪がまず視界に入って、それから形のいい眉と、閉じた瞼。睫毛は濃くも長くもなくて……肌の色が濃いんです。
すぐに、口の中に水が流れ込んできました。舌の上で溜まっていた薬が、喉の奥へと入っていくのが分かったわ。
混乱していて薬が苦いのかどうかなんて、判断することすらできません。
蒼一郎さんがゆっくりと瞼を開きます。
その黒い瞳に、びっくりした顔のわたしが映っています。
それまで聞こえていたはずの、時計の針の音が消えてしまいました。
世界がまるで無音になってしまったかのよう。
ただ、湿った土の匂いと、今も残る皐月苺の匂いだけを感じたの。
「絲さん」
蒼一郎さんの大きな手が、わたしの両頬に添えられます。
そのまま唇を重ねられ……いいえ、唇を開かされました。
薬の苦味の残るくちづけ。嫌いな味なのに、まるでいたわる様に口内を舌で撫でられて。
わたしは蒼一郎さんの左右の腕を握りしめたわ。
「俺の嫁になるやろ?」
「そん……な、の」
分かりません。今すぐに決める事なんてできやしないです。
上級生のお姉さま方は、夫となる人の顔も知らぬままに嫁ぐ人が多いわ。
でも、許嫁がいると、その許嫁本人から聞かされて。「はい、分かりました」なんて答えることなんてできません。
蒼一郎さんのくちづけは、ますます激しさを増します。
背中を支えられていなかったら、きっとわたしは布団に倒れこんでいたことでしょう。
「絲さん。返事は?」
首を振ることもうなずくこともできませんでした。
「返事できへんのか? 俺の嫁には、なれへんのか?」
「あなたのことは、さっき知ったばかりです」
「さっき? もう二時間近くは経っとう」
それを「さっき」って言うんです。
突然、腰紐が解かれました。
待って。待ってください。そもそも襦袢姿なのも、たいそう恥ずかしいのに。
どうして蒼一郎さんは、腰紐を解いたりするの?
「平気ですって。自分で飲めますから」
「飲んでへんから、言うとんや」
蒼一郎さんは開いた状態の薬包の端と端を抓んで、薬をこぼさぬように器用に奪い取りました。
「もう熱は下がりました」
「嘘ついたらあかんで」
蒼一郎さんは薬包を持った手を上の方にあげてしまうので、わたしには到底届きません。
羽織の袂を掴んで、どんなに引っ張っても、腕を下ろさせることはできないのです。
部屋を覗きに来た男の人が「頭が、痴話喧嘩をしとう」と妙なことを呟きました。
立ち上がって薬を取ろうした時、わたしは足がふらついてしゃがみこんでしまったの。
「無茶するからや」
「……平気だと思ったんです」
背中を支えられたわたしは、蒼一郎さんの膝に横向きに座る格好になりました。
「ほら、口を開き」
どうやら今度は木苺の代わりに、薬が入ってきそう。
嫌だし、苦いのは大嫌いだけど、どうやら薬を飲まないと解放されないのは薄々勘付きました。ええ、そこまで鈍くはないんです。
観念して口を開くと、さらさらと粉が入ってきました。今度は目を瞑っていても、注意されませんでした。
息をすると噎せるから我慢していると、唇に何かが触れました。
蒼一郎さんの指? ううん、違うわ。もっと柔らかくて、この感覚は……唇?
突然接吻されて、わたしは驚いて目を見開きました。
目の前に、蒼一郎さんの顔があるの。
硬そうな短めの黒髪がまず視界に入って、それから形のいい眉と、閉じた瞼。睫毛は濃くも長くもなくて……肌の色が濃いんです。
すぐに、口の中に水が流れ込んできました。舌の上で溜まっていた薬が、喉の奥へと入っていくのが分かったわ。
混乱していて薬が苦いのかどうかなんて、判断することすらできません。
蒼一郎さんがゆっくりと瞼を開きます。
その黒い瞳に、びっくりした顔のわたしが映っています。
それまで聞こえていたはずの、時計の針の音が消えてしまいました。
世界がまるで無音になってしまったかのよう。
ただ、湿った土の匂いと、今も残る皐月苺の匂いだけを感じたの。
「絲さん」
蒼一郎さんの大きな手が、わたしの両頬に添えられます。
そのまま唇を重ねられ……いいえ、唇を開かされました。
薬の苦味の残るくちづけ。嫌いな味なのに、まるでいたわる様に口内を舌で撫でられて。
わたしは蒼一郎さんの左右の腕を握りしめたわ。
「俺の嫁になるやろ?」
「そん……な、の」
分かりません。今すぐに決める事なんてできやしないです。
上級生のお姉さま方は、夫となる人の顔も知らぬままに嫁ぐ人が多いわ。
でも、許嫁がいると、その許嫁本人から聞かされて。「はい、分かりました」なんて答えることなんてできません。
蒼一郎さんのくちづけは、ますます激しさを増します。
背中を支えられていなかったら、きっとわたしは布団に倒れこんでいたことでしょう。
「絲さん。返事は?」
首を振ることもうなずくこともできませんでした。
「返事できへんのか? 俺の嫁には、なれへんのか?」
「あなたのことは、さっき知ったばかりです」
「さっき? もう二時間近くは経っとう」
それを「さっき」って言うんです。
突然、腰紐が解かれました。
待って。待ってください。そもそも襦袢姿なのも、たいそう恥ずかしいのに。
どうして蒼一郎さんは、腰紐を解いたりするの?
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