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一章
11、往診【2】
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医者に言われた通りに、俺は座布団に座ったまま絲さんに背中を向けた。
「坊、部屋の外に出る気はないんやな」
「なんで俺が出て行かなあかんねん」
「……分かった、分かった」
そもそも、いくらガキの頃から怪我を診てもらってるとはいえ、組長となった今でも「坊」はないやろ。
ふん、と鼻息荒く、俺は胡坐を組んだ。
背後から、衣擦れの音が聞こえる。
絲さんの襦袢の紐をほどいとるんやろ。するりという幽かな音は、きっと胸をはだけている。
あかん。見たらあかん。振り返るな。
けど、俺の頭の中では、しなやかな肢体をさらした絲さんの姿が消えてくれへん。
実際には腰巻とか巻いとうやろし、素っ裸ってことはないんやろけど。
いや、そんなことよりも彼女の具合が心配や。悪い病気やったらどうしよ。せっかくうちに来てくれた……いや、連れ込んだんか。まぁ、どっちでもええけど、ようやく傍におれるようになったのに、病気とかやめてくれ。
うるさいほどの柱時計の音。聴診器を肌に当てる小さな音。
俺は不安な気持ちと、絲さんの肌を見たい気持ちがない交ぜになって、自分で自分の感情が分からなくなった。
胡坐をかいて座っていると、廊下を歩いてくる音が聞こえた。
どすどすと遠慮のない足音。俺は慌てて立ち上がり、障子へと向かう。
急に障子を開いたからだろう。盆に湯呑みを載せてきた組員が、驚いたように目を見開いた。
「あ、あの。組長。お茶を淹れてきたんですが」
「俺が先生に渡しておく」
「え、でも」
「いいから戻れ」
すぐに立ち去るようにあごで示し、障子を静かに閉める。
俺は盆を手にして、ゆっくりと振り返った。
うん、仕方ないよな。後ろを向いたまま茶を出すわけにはいかへんもんな。
湯気の立つ茶をこぼしたりしたら、火傷をしてしまうからな。
茶托を持って、俺は医者に茶を出した。
絲さんの半裸が目に入るのはしょうがない。これは不可抗力や。
襦袢の衿を開いた絲さんの胸は薄く、まだ女としてこれっぽっちも成熟してへんのが見て取れた。
日に焼けていない部分の肌は、さらに白く、私立の女學院に通うお嬢さまというのがよく分かる。
「いやぁ、びっくりした」
「なっ、何が。先生、絲さんはやっぱり悪い病気なんか? この発熱は肺病や言わんといてや」
「いやいや」と医者は首を振る。
それなら、別の病気なんか? 風邪程度ならええんやけど。
「まぁ、慌てなさんな。わしがびっくりしたんは、三條組の組長に、茶を出されたことや」
「別に淹れたのは俺やない」
「まぁ、ええ。そのうち坊も誰かに茶を淹れてやりとうなるかもしれんぞ。そん時はひどい野分になるかもしれんな」
なんで野分やねん。せめて「雨が降る」くらいにしてくれ。
俺が茶を淹れたくらいで嵐になったら、目も当てられへんわ。
「あと、どさくさに紛れてお嬢さんの肌を見んようにな」
ばれとったか。
「坊、部屋の外に出る気はないんやな」
「なんで俺が出て行かなあかんねん」
「……分かった、分かった」
そもそも、いくらガキの頃から怪我を診てもらってるとはいえ、組長となった今でも「坊」はないやろ。
ふん、と鼻息荒く、俺は胡坐を組んだ。
背後から、衣擦れの音が聞こえる。
絲さんの襦袢の紐をほどいとるんやろ。するりという幽かな音は、きっと胸をはだけている。
あかん。見たらあかん。振り返るな。
けど、俺の頭の中では、しなやかな肢体をさらした絲さんの姿が消えてくれへん。
実際には腰巻とか巻いとうやろし、素っ裸ってことはないんやろけど。
いや、そんなことよりも彼女の具合が心配や。悪い病気やったらどうしよ。せっかくうちに来てくれた……いや、連れ込んだんか。まぁ、どっちでもええけど、ようやく傍におれるようになったのに、病気とかやめてくれ。
うるさいほどの柱時計の音。聴診器を肌に当てる小さな音。
俺は不安な気持ちと、絲さんの肌を見たい気持ちがない交ぜになって、自分で自分の感情が分からなくなった。
胡坐をかいて座っていると、廊下を歩いてくる音が聞こえた。
どすどすと遠慮のない足音。俺は慌てて立ち上がり、障子へと向かう。
急に障子を開いたからだろう。盆に湯呑みを載せてきた組員が、驚いたように目を見開いた。
「あ、あの。組長。お茶を淹れてきたんですが」
「俺が先生に渡しておく」
「え、でも」
「いいから戻れ」
すぐに立ち去るようにあごで示し、障子を静かに閉める。
俺は盆を手にして、ゆっくりと振り返った。
うん、仕方ないよな。後ろを向いたまま茶を出すわけにはいかへんもんな。
湯気の立つ茶をこぼしたりしたら、火傷をしてしまうからな。
茶托を持って、俺は医者に茶を出した。
絲さんの半裸が目に入るのはしょうがない。これは不可抗力や。
襦袢の衿を開いた絲さんの胸は薄く、まだ女としてこれっぽっちも成熟してへんのが見て取れた。
日に焼けていない部分の肌は、さらに白く、私立の女學院に通うお嬢さまというのがよく分かる。
「いやぁ、びっくりした」
「なっ、何が。先生、絲さんはやっぱり悪い病気なんか? この発熱は肺病や言わんといてや」
「いやいや」と医者は首を振る。
それなら、別の病気なんか? 風邪程度ならええんやけど。
「まぁ、慌てなさんな。わしがびっくりしたんは、三條組の組長に、茶を出されたことや」
「別に淹れたのは俺やない」
「まぁ、ええ。そのうち坊も誰かに茶を淹れてやりとうなるかもしれんぞ。そん時はひどい野分になるかもしれんな」
なんで野分やねん。せめて「雨が降る」くらいにしてくれ。
俺が茶を淹れたくらいで嵐になったら、目も当てられへんわ。
「あと、どさくさに紛れてお嬢さんの肌を見んようにな」
ばれとったか。
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