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二章

18、知らないわ

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 しゅ、しゅっと絹が擦れる音を立てて、わたくしは白い着物をまとっていきます。
 静生が女性の着付けに慣れているとも思えないのに。その手つきは丁寧で。少しの乱れもないように整えてくれました。

「冨貴子さん。足袋を履かせたいので、そこの椅子に座ってもらえますか?」

 椅子というには簡素な台にしか見えないけれど。わたくしは指示されるままに、腰を下ろしました。ちょうどその前に、静生がひざまずきます。

 わたくしの素足に手を触れて、静生は「失礼します」と自分の膝にわたくしの足を載せます。
 足袋を履かせる静生の動作はゆっくりで。
 まるで今、この時を惜しんでいるかのよう。

 ええ、そうね。きっと同じ気持ちだわ。

 節くれだった長い指が、わたくしのつまさきに触れて。そう、さっきまでわたくしを愛してくれたその指が、今は足袋を履かせてくれます。

 知らなかったわ。静生、あなたこんなにも綺麗な指の動きをするのね。

 風が出てきたのでしょうか。木々の梢が揺れる音と、雨の音が激しくなってきました。
 
◇◇◇

 儀式の場は、奥の院の側でした。そこまでは静生が和傘をさしかけてくれます。
 まっさらな足袋も、用意された草履も、横殴りの雨にすぐに濡れてしまいます。

 榊かしら? 四隅に深い緑の葉をつけた木が立てられて、その周囲を縄で囲ってあります。風にはためく紙垂しで
 その中央には筵が敷いてあり、前方の白木の祭壇らしきものに酒瓶が置いてあります。そして……見たくはなかったけれど、鞘に入った刀も。

 ああ、首を刎ねられるのね。
 土に埋められたり、崖から落とされたりするのではないのだわ。
 そちらの方が苦しまなくていいのかしら。

 儀式の為の一式を目にした静生は、眉根をきつく寄せます。

「静生はもういいのよ。見たくもないでしょう?」
「彼は見届け人ですよ。この場にいて、山藤のご当主に一連の儀式を伝えるのが任務です」

 年をとった宮司さんの言葉に、わたくしは傍に立つ静生を見上げました。
 
 静生は答えることも、うなずくこともなくわたくしに傘を預けて、一人先に進みます。

 榊の側に置いてある手水鉢から、柄杓で水を酌み。綺麗な所作で手を清め、口を漱ぎます。

「見届け人及び人身御供の交代を申し出ます。自分は若月静生。母の旧姓は山藤。充分に資格があると存じます」

 何を言っているの? 静生。
 交代って何? どういうこと?
 あなたはわたくしの首を刎ねられるのを見届けて……ああ、そんなつらい光景を見せたくはないけれど。でも、お父さまに無事に儀式が終わったことを伝えるのが仕事なのでしょう?

「こちらは山藤のご当主からの書状です。渋っておられましたが、交代を承認していただきました。血判と署名も頂いております」

 まるで江戸の頃のふみのような書状を開き、宮司さんは筆で書かれたそれを読んでいる。墨が滲まないように、禰宜さんに傘を差しかけられながら。

「成程、確かに」
「ご了承いただけますか?」

 尋ねる静生に、宮司さんはうなずいた。

「生贄を求めるのは、わしらではありません。血気盛んな青年であれば、山神さまもお喜びになるでしょう。山神さまから土地を賜った山藤の血統に連なるものであれば、問題はございません」
「ありがとうございます。誠に……感謝いたします」

 背筋を伸ばして深々と頭を下げる静生。敬礼ではないけれど、その姿はまるで軍人の頃のよう。

 なに、それ。わたくしは知らないわ。聞いていないわ。
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