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一章

3、わたくしの静生【1】

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 わたくしは静生のお膝で眠っていました。
 はしたないって分かっているのに。眠くて眠くて。体が温かくなって、頭の中がぽわんとして。

 それにね、静生の大きな手が。硬くて節くれだった長い指が、わたくしの頭を撫でてくれるの。
 ゆっくりと、優しく。

 だから、まるでわたくしは猫のように静生のお膝で丸くなったの。
 ほんとはね、眠いのに胸がどきどきして……それに煙草とか柚子のような爽やかな静生の匂いがするから。

「ゆ……ず」

 わたくしは思わず呟いてしまったの。

「ああ、そういえば。庭師が柚子を摘んどったから。手伝いをしたっけ。指に匂いがついてますか?」

 そう言いながらも、静生はわたくしの頭を撫でてくれます。
 指で髪をすくい、それをさらりと落として。まるで手遊びをしているかのよう。
 ああ、眠い。わたくしの髪で遊ぶなら、一緒にお手玉かおはじきでもしたいのに。
 瞼が重くて。

「お嬢さんの髪はさらさらですね」
「……ん」
「俺のはごわごわですよ」

 わたくしは半ば目を閉じた状態で、ゆるりと静生を手招きしました。
 もちろん、彼のお膝に頭を置いた状態で。

「なんですか?」と上体を屈めてくれるから。わたくしは重くてだるいけれど、腕を伸ばして静生の前髪に触れたの。

「ごわごわじゃ、ないわ。少し、かたいけど」
「そうですか。けど、お嬢さんは髪だけやのうて、指も手も柔らかいですね。羽二重餅みたいです」
「食べないでね?」

 ええ、わたくしはお菓子じゃないの。間違えて食べられたりしたら、指が痛いわ。
 なのに静生ったら変なことを言うのよ。

「さぁ、どうでしょう。間違えるかもしれませんよ」

 だめだめ、間違えないでね。

 さっきまで髪を弄っていた静生が、今度はわたくしの背中をゆっくりと撫でてくれます。

「誰にでもこんな風に膝枕してもろたら、あかんのですよ」

 ええ、しないわ。お母さまにだって、ねえやにだっておねだりしないもの。
 わたくしは、こくりとうなずきました。

 ああ、このままわたくしは猫になってしまいたい。そうすればずっと静生の傍らにいて、彼が仕事をする間はいい子に座って待っていて、仕事が終わったらこうして甘やかしてもらうの。

「ちゃんと分かっとって、お嬢さんはええ子やな」

 ふふ、褒められた。静生が褒めてくれたわ。
 でも「お嬢さん」じゃなくって、冨貴子ふきこって呼んで。

 自分の名前は好きじゃないけど。静生には名前で呼んでもらいたいの。

 最初に静生と出会ったのは、まだ夏の終わりの頃だったわ。
 ひぐらしが寂しく鳴く夕暮れに、軍服姿の静生がうちにやって来たの。
 軍帽の陰からわたくしを見下ろしてくる眼差しは鋭くて、とても怖くて。わたくしは慌ててお父さまの背中に隠れました。
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