ステージの裏側

二合 富由美(ふあい ふゆみ)

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02 家族

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 外気の汚染と伝染病の蔓延で、西暦2020年頃から日本人はマスクを付けての外出が増えた。
 ワクチンによって免疫ができても、それが絶対でない事を認識したのだ。
 それ以前にも、花粉症によるマスク着用は普通の事だったが。

 その後の日本では、玄関にエアーシャワーが装備される事が増えた。
 帰宅時に髪や衣服に付いた異物を少しでも持ち込まない為だ。

「ただいま帰りました」

 狭山 暁は自宅に帰ってきた。
 場所は一般公開されていないが、彼がニューフェイスだという事と、件の事件により私服警官が車で周囲に控えている。

 彼の家は大きく、一つの建物が来客対応の区画と、プライベート区画とに別れていた。

 プライベート区画の入り口は特殊で、分厚い玄関に網膜と指紋、3D測定にパスワードのチェックがある。

 玄関を入ってマスクを取ると荷物をトレーに置き、衣服をオートランドリーに入れる。

 彼の身体なら、マスクも断熱エアコンスーツも必要無いのだが、今の時代は付けていない方が目立ってしまうからだ。

 玄関の次にはバスルームがあり、全身の洗浄が終わると、各々の私室への扉が開く。
 但し、暁の私室に入る前にはオートのメディカルチェックの機械が付いている。

「こんな事をしなくとも、俺は健康体なんだけどね」

 生物的に強靭に作られているとはいえ、変化を見逃すまいとする親達の配慮だ。
 その他の洗浄処置は、生物科学に精通した科学者の神経質さ由縁だろう。

 私室に入った暁は髪を整え、部屋着に着替えてリビングに出た。

「母さん。また、そんな格好をしてぇ」
「家族だけだから良いでしょ?それとも母親の体に欲情でもしたのかい?」
「いや。ただ、『こんなのが親なのか』って悲観しているだけさ」

 科学者としても、人格者としても権威を持つ母親、狭山 美千代の欠点は、プライベートで全裸になる事だ。
 レストランシェフで専業主夫である父親の博志は、早めに済ませた夕食の後片付けをしながら、そんな家族を笑って見ている。

「で、警察の許可は取れたのかい?」
「渋々って感じだけど、一応はね」

 プランに関しては家族にも話してある。
 だが、彼の能力を信じ、彼の未来を思う家族は反対はしない。

 特殊な母親ではあるが、こうして普通の家族として暮らしているのは、普通の人間としての認識を持たせる為でもある。
 人間を受け入れられる存在でなくては、当面の過渡期を乗り切れないからだ。

 幼年期は、テレビや公の場には仮面と専用スーツで仮名を名乗り、それ以外の保育所や学校では常に二位以下をとらせていた。
 家での高度な教育を除いて、対外的には【普通】の生活をさせていた。

 マスコミに対して【ニューフェイス1】の仮名を名乗らなくなり、仮面を外したのは大学に入ってからだ。

「警察に協力する様になったら、忙しくなるんでしょ?今のうちに勉強みてよお兄ちゃん」
「そうだな美佐枝。どこが分からないんだい?」

 美佐枝は、自分の部屋へ学習用のパッドを取りに行った。

 妹の美佐枝は遺伝子組み替えされていない普通の人間だ。
 しかし、血縁がある事に違いはないし、何より十数年間を共に過ごした【家族】なのだ。

「仕事が有るなら、分からない時に聞くから、やっててもいいよ」
「いや。お前の勉強を見る方が大切だよ」

 暁は、幼児期から妹の言動を見ていて、自分達以外の人間を理解するのに大変に役立った。
 必要でない物でも、好奇心や同列意識により欲しがったり、求める事と反対の事を言って、相手の行動を様子見したりする。
 特に女性は、自分にメリットな事には固執し、デメリットな事は他者のせいにして保身を図る。
 生物としては自分自身を騙してでも生き延びるのは正しいのかも知れない。

 つまり、この場で妹の言う通りにすると『自分は大切にされていない』と判断して人間関係が歪むのだ。
 何故人間に、この様な行動が有るのかは、未だに理解できない。
  人間の精神には、複数の本能が絡み合い、体調や記憶、状況によってどれかが突出するらしく、統合がとれていない様だった。

「ここの問題は、どうしてソノ方程式を使ったんだい?」
「そうか!本当だ。コッチの方程式よね?流石は暁兄さん。私もニューフェイスに生まれたかったなぁ」
「まだ、国が試験運用数を制限していたからね」

 可能だがやってはいけない事は、この世には沢山ある。
 一般にソレは【犯罪】と呼ばれる事だ。

「優しくて、強くて、頭が良くて美形。オマケに金持ちと来てるのに、何処が悪いって言うのかしら?私の子供は絶対にニューフェイスにするわ」
「じゃあ、国に認められる様に、お兄ちゃんも頑張らなくちゃね」
「でも、今は私の勉強を頑張ってね」
「勿論だとも」

 暁がアドバイスすれば、高校生の課題など、直ぐに筋道が見えてくる。
 答えを教えるのではなく、理由を聞いたり導く事で本人の能力を上げる方法を、彼はとっていた。

 家族と言えども個々の部屋に入るのは希なので、この勉強はリビングで行われていた。
 あまりのベタベタさに母親が見かねて二人に声をかけた。

「お兄ちゃんに甘えるのは良いけど、帰ってそうそうってのはどうなのかしら?」
「大丈夫だよ母さん。もう少しだから」

 しばらくして、美佐枝が課題のパッドを置いたところで、父親の博志がホットミルクを二人に差し出した。

「美佐枝も早く【お兄ちゃんっ子】を卒業しないとな?」
「血さえ繋がっていなきゃあ、絶対に彼氏にするんだけどなぁ」
「俺の娘に生んでしまって済まなかったな。でも仕事帰りの兄を休ませてやる気は無いのか?」
「でもぉ~」

 父親が娘の将来を心配して声をかけたが、娘の病状は深刻な様だった。

 嫌々ながら兄を突き離す妹に笑みを浮かべながら、父親はキッチンへともどっていく。

「じゃあ、少し休ませてもらうけど、分からない所があれば、声をかけるんだよ」

 暁は、ホットミルクを飲み干すと、自室へと帰った。

 この部屋で、ひときは目を引くのは、全長2メートル以上あるカプセルだ。
 彼は衣服を全て脱ぐと、カプセルの一部を開いて入っていく。
 中は眩い光に満ち、水の入った浴槽となっている。
 その水に半身を浸すと扉を閉め、暁は大きく深呼吸をしてスイッチを一つ押して目を閉じた。

 日本人特有の黄色い肌色が、褐色へと変化していく。
 これは紫外線による炎症反応でもなければメラニン色素沈着によるものでもない。
 彼は体の表面から水分を吸収して【光合成】を行って居るのだ。
 その為、表皮細胞の葉緑素が片方に集まった事による変色だ。

 カプセル内の炭酸ガス濃度は高められ、光は晴天時の太陽光に似せてある。
 普通の動物には起きないが、呼吸の度に炭酸ガスも血中に取り込まれ、身体中を巡り始める。
 光合成には、特にコノ装置である必要は無く、晴れた日に屋外の清流でも良いのだが、都心部で安心して全裸に近くなれる屋外が少ない為に、この様な物を使っている。

 体内で過剰となった酸素が、肌の表面で気泡となり、炭酸泉の様に水面に浮かんでくる。
 血中の炭酸ガス濃度が高い為に、うつらうつらとしている時に、カプセル内に小さなチャイムが鳴り響いた。
 電話がカプセルに転送されてきたのだ。

「はいっ、暁です。ただ今留守にしております。伝言は・・・・・」
「寝たふりしてんじゃねえよ暁!メールは確認したが、本当に決行なんだろうな?」

 電話の相手は、同じニューフェイスの一人で、金融経済に特化した木村 富明(きむら とみあき)だ。
 ある意味では【血の繋がらない兄弟】とも言える。

「本当に決行だ。資金を工場に追加融資してくれ。アッチの賛同も得ているし、工場に指示は出してある」
「分かったよ。本当にやるんだな?本当に御前は傲慢な奴だよ」

 今回の特殊部隊装備は、計画や設計、技術開発のみ行われていて、製作は止めてある。
 前後関係を後から調べられていても問題にならない様にする為だ。

「俺達の未来を確保する為には、俺達が動いて世界を変えていかなくちゃならない。他に影響を受けて不確実じゃ困るだろ?」
「確かに、確実な益を得るならインサイダー取引するしかないが、装備は大丈夫なんだろうな?」
「最初は試作品レベルだが、そう大きな事件からは投入しないさ。二・三回改良すれば、実戦投入可能になるだろう」

 暁は、無闇に最初の事件から使うのではなく、相手の規模を見計らって投入するつもりらしい。
 何人か犠牲は出るが、それは理由を付けて隠蔽する事が可能だ。
 失敗して人的被害をニューフェイスに与える方が重大だと政府も納得してくれるだろう。
 その【成功例】をもってして、【ニューフェイス特殊部隊のデビュー】とすれば良いのだ。

「じゃあ、人類の未来の為に頑張ろうぜ!暁」
「よろしく頼むよ!富明」

 電話を切ると暁は、また浅い眠りに入った。
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