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第3章

37・騎士様の興味

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 エルミナさんとエミールくんが食堂を出て行き、ジェラルドと私だけが残される。
 エルミナさんからジェラルドとの噂を聞いてしまったせいだろうか。二人きりにされると、なんとなく気まずい……。

 よし、私も逃げよう。

「わ、私……制服を戻したいし、部屋に戻るね!」

 エルミナさんから受け取った紙袋を抱え直すと、私はジェラルドの顔を見ずにそう言った。
 ……違う。本当は、ジェラルドの顔を見ることができなかった。

 私と『恋仲かも』と噂されていることを知って、嬉しそうにしていたジェラルドの顔が頭から離れてくれない。
 ジェラルドが嬉しそうにしていた意味に、まだ気づきたくなかった。
 気づいてしまったら、最後。私まで底なしの沼に引き込まれてしまいそうだ。
 だから、そそくさと逃げようとしたのに。

「はい、かしこまりました」

 ジェラルドは私の後をついてくる。
 ですよね。
 この人は私を護衛することが仕事ですもんね。

 ついてこないで、と言うこともできなくて、私は諦めて、部屋までの道を極力早足で進んだ。
 よし! 部屋に着いた! とりあえず一旦心を落ち着けてから出直そう!

「じゃ、じゃあまた……」

 またあとでね。
 そう言って逃げようとしたのに。

「……神子様、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 騎士様は逃がしてくれなかった……。
 いや、別にジェラルドにはそういうつもりはないだろうけど。

 私が部屋に入ろうとしたときにジェラルドがそう言ってきたから、ついびくりとしてしまう。

「あ、ああ……うん、えっと、どうぞ……?」

 立ち話するのもなんだろう。
 私が部屋の扉を開けながら中へ入るよう促すと、ジェラルドは少し緊張した面持ちで部屋の中へ入った。
 どうして緊張しているんだろう。
 私の部屋に入ったことがないわけではないのに。

「聞きたいことって何?」

 制服をクローゼットにしまいながら、私はジェラルドに尋ねる。
 何かしていないと、私まで緊張してしまいそうだった。

「これは、俺のただの興味なんですが……。神子様は、元の世界ではどのように暮らしていたのですか?」

「へっ?」

 まさか今更そんな質問されるとは思っていなかったので驚いてしまう。
 この人、『神子様』ではなく、私に興味を持ってくれていたのだろうか。それなら少し嬉しいけれど、それは流石に自惚れだろう。
 私のいた世界に興味があるのかな。私がこの世界に興味を持ったのと同じように。

「もちろん、神子様がお話ししたくなければお教えいただけなくても構いません」

 私の一瞬の間を勘違いしたのか、ジェラルドがそう付け加える。
 このまま放っておいたら何か誤解されてしまいそうで、私は慌ててジェラルドに言葉を返した。

「いやいや、ジェラルドが私の世界に興味があったってことに驚いただけ!」

「……俺が興味があるのはあなたの世界ではなく、あなたのことなんですが……」

 うん?
 今何か、ジェラルドが小声でぼそりと呟いたように思う。
 聞き逃してしまったのだけど……まあ、いっか。

「どのように暮らしていたかって聞かれてもなぁ……。両親と暮らしてて、学校に行ったり、友達と遊んだり……」

 ごくごく一般的な高校生活を送っていた。
 朝起きて、当たり前のように、幼馴染の絵里と一緒に高校へ通って。眠たいなぁ、なんて思いながら授業を受けて、家族の待つ家に帰る。休日には家族や友達と出かけたりなんかして……。

「神子様……っ⁉︎」

「…………え?」
 
 ジェラルドの声にはっと顔を上げると、彼はとても驚いたような顔をしていた。
 どうしたのだろう。

「どうして涙されているのです⁉︎ 俺は何か、あなたを傷つけてしまいましたか⁉︎」

「涙……?」

 言われて、私は自分の頬に手を当てる。
 ……確かに頬が濡れている。
 自分でも気づかないうちに、私は泣いてしまっていたらしい。

「なん、で、涙なんか……」

 泣いていることを自覚してしまったら、余計に涙が溢れてくる。
 手で拭っても拭っても追いつかなくて、ぽろぽろと涙が頬を伝っていった。

「違うの……っこれは、何かあったとかじゃなくて……」

 どうしよう。これではジェラルドに心配をかけてしまう。
 早く泣き止まなければ。そうすれば焦るほど止まらない。

 そんな私の背を、ジェラルドはそっと引き寄せた。
 柔らかに抱きしめられる。

「……申し訳ありません」

 突然抱きしめられて体をこわばらせた私の上に、言葉通り申し訳なさそうなジェラルドの声が降ってきた。

「今、帰れないというのに……。神子様の世界を思い出させるようなことを言って、申し訳ありません」

 ジェラルドの優しい言葉が、私の心にじんわりと染みていく。
 それと同時に、私の体から力が抜けていくのを感じた。

 ……ああ、そっか。
 私は、元の世界が恋しかったんだ。

 この異世界が不満なわけでは、決してない。
 ジェラルドも、ニコラスも、エミールくんも、他の神殿騎士の人たちも、エルミナさんも、神様も。
 みんなみんな、私に親切にしてくれる。

 だけど、それでもやっぱり。
 両親に会いたい。絵里に会いたい。学校のみんなに会いたい。
 その思いが、確かに心の奥底にあったのだ。

「泣いても大丈夫ですよ。ここには、俺しかいません」

 ジェラルドの声が穏やかだから。
 だからだ。泣きたくてたまらなくなるのは。
 背中を優しく撫でてくれる、ジェラルドの手が優しいから。

「……っ、ジェラルド……っ」

 どうして私は、ジェラルドには甘えてしまうのだろう。
 どうして、ジェラルドが触れている場所が、熱を持つのだろう。

 私はジェラルドの腕にすがりつき、ほんの少しだけ、声を上げて泣いた。
 
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