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第1章
16・神様と精神世界①
しおりを挟むその日の夜。
夕飯をいただいたあと、私は与えられた部屋に戻っていた。
寝る時の服はどうしようかと部屋を漁っていたら、クローゼットの中からネグリジェを発見した。
ありがたくネグリジェを着用させてもらった私は、ベッドに寝転がってぼんやりと今日の出来事を思い返していた。
――今日は神殿内のことに少し詳しくなった一日だったな……。
エミールくんに出会って、神殿騎士団の鍛錬の様子を見せてもらって、神殿内をたくさん歩き回った。今日はニコラスには会えていないが……。
この神殿にいる人たちは皆、私に好意的だった(エミールくんは除く)。
皆、私のことを『神子様』と呼び、期待を込めた眼差しを向けてくる。
――私は、どうしたらいいんだろう。
あの神様は、元の世界に帰れるまで「安心してこの世界を楽しめばいい」なんて言っていたけど、本当にそれでいいのだろうか。
この世界の彼らは『神子様』に期待している。だけど、私はただ神様にうっかり召喚されただけの人間だ。彼らの望むような特別な力を持った『神子様』ではない。
ああ、考えていたら、なんだか眠くなってきた……。
私の意識は、溶けるように夢の世界へと吸い込まれていった。
◇◇◇◇◇◇
「君、どうしてここにいるんだ……?」
「それは私のセリフなんだけど……」
濃紺で塗りつぶしたような空間の中、きらきらと無数の星が瞬く世界に私はいた。
最初に落とされた、あの真っ白な『世界の狭間』とは全く雰囲気が違う。今のこの空間の方が、ずっと暖かくて優しい感じがした。
私の目の前では、神様がふわふわと白い髪を揺らしながら宙にたゆたっている。
……あれ? 今までずっと透けていた神様が、この空間では透けていない?
「それは、ここが僕の精神世界だからだよ」
「精神世界……?」
何それ? 怪しい新興宗教みたいなことを言わないで欲しい。
「怪しくなんてないさ。ここは僕の自室のようなものだ。だから、姿を保つことができる」
「ごめん、よく分からないんだけど……」
神様が何を言っているのかさっぱりだ。
私が聞き返すと、神様はごろりと横になった。何も無いはずの空中で、片方の手で頬を支えて私の方を見る。
「ここが僕の中心だと思ってくれればいい。君で言う、心臓のようなものだよ」
心臓。
ってことは、今私はあの神様の中……!?
うええええ!
「こらこらこら! 相変わらず失礼だな、君は!」
「だ、だって……」
思わず正直な反応をしてしまった私に、神様は若干呆れているようだった。
あれ?
でも私、なんでこんなところにいるんだろう。だって私は、部屋のベッドに横になって眠ったはずだ。
こんな不思議空間に、自主的にやってきた覚えはない。ということは……。
「犯人はまた神様か!」
私はぴしっと神様に指を突きつけた。
どうせこの神様が、また私を変な空間に引きずり込んだに違いない!
「ち、違うぞ!? 僕じゃない!」
慌てた様子で体を起こした神様は、私の方へ寄ってくる。
だって、この神様、前科があるし。そもそも私がこんなよく分からない異世界へ落とされたのは、この神様とぶつかったせいだ。
「いや、確かに君とぶつかったのは僕のせいだが、この空間には君を引きずり込んでいないぞ! おおよそ、君が引き寄せられて来たんだろう」
「はぁ……!?」
引き寄せられて来た?
一体この神様は何を言っているんだろう。
怪訝に思って眉を寄せた私に、神様は続けた。
「僕が君とぶつかったせいで、君の精神と僕の精神が一部同化してしまったんだろう。そのせいで君は僕の姿が見えるし、声も聞こえる」
ははぁ……なるほど。非現実的すぎてよく分からん。
「一部ではあるが、同化してしまっているからこそ、夢の中でも僕に引き寄せられてここに来てしまったんだろうな」
神様は私を置きざりにして、一人納得しているようだ。
とりあえず、私がわかったことは一つ。
私はじっと神様を見据えた。
「……つまり、全てはあんたのせいってことね?」
「………………僕は何も悪くない。君が勝手に来たんだ!」
この神様、ついに開き直ったな!
「と、ところで、この世界の居心地はどうだ!?」
神様はわざとらしく話を逸らしてきた。
「どうだって言われても……」
まだ二日しか経っていないし、神殿内しか見ていない。
だけど、その中での感想を言うのなら。
「……異世界って言っても、案外普通だね」
人も、生活も、食べるものも、着るものも。
私の世界と違うところも多いが、それでも理解できないものではなかった。魔法とか、そういう非科学的なものがありそうでもないし。
この神様が与えてくれた『神子様』という立場のおかげで、待遇だって悪くない。
居心地は、悪くないどころか良すぎるくらいだ。
そう考えた私に、神様は満足そうに微笑む。
「それは良かった」
「ああでも――」
私は、ふと脳裏に一人の人物が思い浮かんで口を開いた。
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