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第2章
18・リラとヴィクター②
しおりを挟むうつむいてしまった私を心配してか、ヴィクターが声をかけてくる。
私は慌てて笑顔を取り繕って首を左右に降った。
こんな嫉妬に似た感情を抱いたことなど、誰にも知られてはならない。
私はエミルの師匠なのだから。
「……あ、ううん! なんでもないわ。私もここで働きたいなって思っただけ!」
ごまかすようにとっさに放った言葉は嘘ではなかった。
子どもたちに接するエミルを見て、いいなと思ったのは事実だ。
口に出すと、思ったよりもその願いは違和感なく自分の中に収まった。
どのみち、私はこれから先15年後の世界で生きていかなくてはならない。いつまでもエミルに頼り切って生活するわけにはいかないだろう。これは彼の師匠としての意地だ。
だが、私は世間では死んだことになっている救世の魔女。
下手に目立って正体がばれることは避けたいところだ。
――でも、もしここで働けたら? エミルもヴィクターもいるんだし、どうにかなるんじゃない?
ヴィクターとはまだ知り合ったばかりだが、話す限り信頼に足る人物だと感じる。飄々としていて、見た目は若干胡散臭いがいい人だ。何かあれば、私の正体をごまかす助け舟くらいは出してくれそうだ。
魔法学園で、次世代の魔法使いの成長を見守る。それは、存外悪くない夢に思えた。
もとより私は、人の世話を焼くことが好きな性格だ。
「ほー、いいんじゃねえか? 人手は常に足りねえからな。リラがいてくれたら副学園長の仕事も減りそうだし大歓迎だ」
「あなたねえ……」
賛成してくれるのはうれしいのだが、その理由は副学園長としていかがなものだろうか。
呆れつつも、なんだかヴィクターらしくて笑ってしまう。
「あの学園長様は、俺が事務仕事苦手なの知ってるくせに人手が足りねえからって仕事振ってくるわけよ。やってらんねえぜ。……なあ、よかったらこの後食事でも行かないか。エミルの愚痴会でもしようじゃないか」
――愚痴会って……。
一度エミルの愚痴を口にしたら止まらなくなってしまったらしい。
ヴィクターの申し出に、私はぷっと小さく吹き出してしまった。なんだか楽しそうな会だ。
「それはいいわね――」
誘いを承諾しようとしたその時、後ろから私の肩に誰かの腕が回ってきた。
「――ダメです。師匠は僕のですから」
「……っエミル!?」
――どうしてここに!? もう子どもたちから開放されたの!?
首だけで振り返ると、そこに居たのは不満そうに少し唇を尖らせたエミルだった。ソファーを挟んだ向こうから、ぎゅうと抱きしめてくる。
まるで甘えるような仕草だ。エミルが幼い頃にも、似たように抱きしめてくれることがあった。
それなのに、変だ。
どうしてか、顔が火を吹いたように熱い。
――昔と違う。
私の肩にまわる腕の太さや、力の強さ、一つ一つが違うのだ。
エミルが、6歳の可愛い弟子ではなく、21歳の青年なのだと実感してしまう。
エミルは青の瞳をすがめてヴィクターを見据えた。
「ヴィクター。師匠に手を出そうとしないでください」
「怖ぇよ。そういちいち警戒すんなって。男の嫉妬は見苦しいって言うだろ?」
ヴィクターは慣れているのか、エミルから睨まれても平然としている。
エミルの視線をさらりと流すとヴィクターは立ち上がった。こちらに近づいてくる。
「リラだって、嫉妬深い弟子より大人の男の方がいいんじゃねぇか?」
「え」
ヴィクターは私の片手をすくうと、腰をかがめて口付けるような仕草をした。
仕草だけだ。実際には口付けてはいない。
エミルに大人の余裕とやらを見せつけるかのように、軽くウインクをしてみせる。
「ヴィクター!!」
呆気にとられてしまっている私の代わりに、エミルが強く叫んだ。
すぐさまこちらに回りこんで、私とヴィクターの間に割り込んでくる。
「おっと……。あぶねぇなぁ」
ヴィクターは苦笑しつつも、あっさりと身を引いた。
おそらくヴィクターは、エミルをからかっているだけだろう。
「師匠、行きますよ!」
そう言って、エミルは私の手を引いてソファーから立たせる。
私はエミルに連れられる形で、学園長室を後にすることになった。
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